2009年12月15日 (火)

興味のないものを人は見ないで生きてんだよ。

私はいま猛烈に忙しい。

ひとつひとつの細かいことに追われて、実入りは少なくて。あんなに「効率」「生産性」「持続性」ということを意識して、どうしたら安定的な生活と仕事の基盤がつくれるかにすべてを費やしてきたのに、まったく正反対のことをしているかのようだ。

でも今は過渡期。我慢のしどころ。産みの苦しみ。

そう思って、なんとか体勢の建て直しに躍起。つい、「やっぱり前のスタイルに戻したほうが自分だけでなく、家族の安定のためにもいいのだろうか」という誘惑に駆られそうになるときもある。作業効率としての楽さに、気持ちが傾きそうになるのだ。

だけど、と思いとどまる。

この忙しさ、煩雑さこそ、自分が求めたものだったんじゃなかったろうか。瑣末なこと、世の中が見向きもしないようなこと、「そんなこと考えて何になる?」というようなこと。そういうことを「効率」の名のもとにすっとばすのが嫌だったんじゃなかったっけ?(もちろん、効率は大事なことだけども)

つい気持ちが傾きそうになるその「楽」は、何も考えなくても、半径1m程度のなかで通用する論理でお互いをかばい合っていく護送船団方式の「楽」。私が創りなおしたかったのは、身内のよりかかりあいではなくて、なんというか、自分の中心点をきちんと自覚して自立していること。仕事でも、一個人としても。

1か月でゼロが6個もつくような実入りのある仕事は、たしかに「効率はよい」。このご時世ありがたい。いわゆるおいしい仕事だ。効率がよければ、1か月にそれを2つとか、3つとか、できる。素晴らしい。

たとえば、ウルトラ級の特急なら、間の駅をすっとばして、10倍も遠くへ、長い距離を移動できる。1日にいろんな場所へ移動できる。効率がいい。濃密に生きたような気になれるかも。

でも、途中の景色には眼が向かない。どんな駅を通ってきたのか。どこで風景が変わり、どのくらい遠くへきたのか、わからない。それだったら、どこへ行っても同じことじゃないか。どこへ行っても同じなら、別に行かなくても同じじゃないか。

私は鈍行で行こう(それは言い過ぎだから、準急くらい?)。そう思ったに、ついせっかちだから、先を急いでしまいそうになる。でも、今まですっとばしてきたいろんな道端のできごとにこそ意味を感じて、「何かを見つけられるスピードで」「見つけたら立ち止まれるスピードで進みたい」と思ったのではなかったか。

仕事も人生も、移動手段とは違う。早く遠く進むことに本質を見出す人ももちろんいるだろう。遠く高みから眺めた世界にも憧れないではないが、私はそのようなタイプではなさそうだ。いちいち立ち止まるような、「七面倒くさい」道を行くと決めた。これまですっとばしてきた分も含めて。

そうしたらまた、不思議と、いろんなものに(いまさらながら)気づかされることが多くて。卑近なことで言えば、最寄駅の裏筋同士が通じていたこととか、大好きな店の催している日曜早朝のイベントだとか、おおきなところで言うと、新聞の記事に埋もれていた(私にとっては重要な)コラムとか、政策の動向だとか…。

10年住まってきて気づかなかったこと。40年生きてきて気づかなかったこと。いろいろだ。

興味のないものを人は見ないで生きてんだよ。

という一文を、大好きなカフエのウェブサイトのはしっこに見つけて、胸にずっしり来る。

なんだってそうだね。子どもだって、ずっと前から目の前にいて、ずっと前から愛してきたようでいて。昔は可愛かったなぁ、などといいながらも、昔はきっと、私の眼は閉じていた。彼らはずっと前から、さほど変わっていないけれど、こちらの眼が曇っていた。

興味のないものを人は見ないで生きてんだよ。

気づいてしまうと、もう後には戻れない。私は七面倒臭くても、見て気づいて生きたい。

それには、「作業」に呑まれて自分を見失わないように、ほんとうの「効率」を摸索しなきゃね。効率というよりは、知恵と工夫をね。

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2009年12月 3日 (木)

なかったことにするのは

「ったく、わかってねぇなぁ。何言ってんだか」

夕食時、オットが携帯のメールを見て瞬間沸騰したのがわかった。携帯メールで沸騰する場合、相手はほぼ特定できる。彼の母親だ。つまり、私の義母。

内容もほぼ特定できる。たいていは、届けものがあるから、とか人寄せをするから、とかを理由に、私たちとコンタクトをとりたがっているのがわかるとき。

オットの母は、ふだんはかなり鷹揚で、砂糖多めな人なのだが、独特の境界というのがあって、踏み誤ると逆鱗に触れるポイントというのがある。

その最たるものが、正月の訪問。自分の姉妹家族を全部自宅に集めて、総勢30名以上の老若男女がわさわさしているなかを、かいがいしく動き回るのが至福なのだという。

自分の母(つまりオットの祖母)も、おなじように子孫を一間に集めてまとめて面倒をみる、ということを続けてきたひとで、もっとも母親っこだったという義母も、自分の母へのリスペクトというか、オマージュというか、同じ世界を創ることを大切にしているようだ。

私は、サヨクだった父と、駆け落ち同然に結婚した母との間で築かれた、典型的な核家族育ちということもあって、親戚づきあいをほとんどしたことがないし、たまに義理でつきあわなければならないことがとっても苦痛だったので、結婚してしばらくは、オットの生家のこの慣習になじむのが大変だった。

また、正月は家族水入らずで、家事もせずにしずかに家庭内で過ごすのが我が家のならわしだったから、元旦早々、人付き合いに気疲れしに出ていくということが苦痛でしかたなかった。子どもができるまでの婚家の親戚づきあいというのは、ほとんど苦行だからね。

一度など、「今年は静かに二人で過ごしたい」と、親戚の集まりを拒否ったら、温厚(だと思っていた)義母が烈火のごとく怒り、鎮静化するまでの手間暇に相当懲りたので、以来、この年頭の「御勤め」は国民の義務だと思って甘受することにしてきた。年頭から、ネガティブなエネルギーを消耗したくない、という極めて消極的な理由から。

が、今年は、事情が違う。

別に、喪中だから「おめでとう」っていいたくない気分、というような話ではないけれど、何事もなかったかのように、婚家の正月祝いの席に連なるのはやっぱり気が進まない。たまたま今年は喪中の家族がいくつかあるようだから、「おめでとうはなしね」というのが義父母の方針なのだそうだが、そういう問題でもないのだ。

去年の今頃は、地獄のようだった。というか、地獄のはじまりだった。悩んで悩んで、一縷の望みにすがりつくようにして施設を探し、無理を行って入居の段取りを強行し、「松が明けたら入居できる」と、どこかで安堵しようとしていた。金に糸目をつけずに夜間の見守りをつけ、仕事の事情と、父母の悲痛な思いの間で、妹に帳尻合わせを頼んで。

正月が明けたら施設に入ることになっていた母のために、おせち料理をつくって実家に届け、元旦は「新しい幕開け!(にしたい)」という思いで必死にムードを盛り上げ、その足でオットの実家へ行ったのだった。

オットの実家では、「集う」ことが目的なので、とくに交流や会話があるわけでもなく、みんなリビングにごろ寝して、筋肉番付みたいな番組を見ていたし、義母は孫たちを2階に集めて保育室状態を楽しんでいた。私は、実家に残してきたいろんな葛藤たちを振り払うようにして、でも、特にすることもなく、ぼーっと座っているだけだった。「そこにいる」ことが、私のつとめであったわけです。

あれから1年だ。

2009年は、暮れゆくし、新しい年が来るには来る。でも、まだ何も明けてはいないのです。

七五三のときも、こどもたちの行事でも、出先の行楽地でも。60代、70代の「アクティブシニア」とおぼしき「じいじ、ばあば」が、目を細めて、しかし活発に孫の相手をしているのを見ると、やっぱりまだ、胸のどこかがチクリと痛む。

義父母が、エネルギーありあまる余生の矛先を孫たちに向ける気持ちもわかるし、それが存分に、時間もお金も気にせずにできることを、心底うらやましくも思うのだ。もちろん、ありがたくも思います。が、望んでも決して得られなかった「老後」がそこにはあり、互いに夫婦の悪態をついたり、小競り合いをしたり、孫を溺愛したりのベタな祖父母たちではあっても、その余裕のある幸せな暮らしぶりは、いまの私にはただただ、素直にうらやましく、傷に染みるのだ。

父や母が生きられなかった(実際には、別の人生なんだから、あたりまえのことなのだけれど)人生がここにある、と思うと、胸が締め付けられるのだ。ムスメやムスコにとって、「じいじ、ばあば」の記憶は、決して私の父や母ではないのだし。仕方がないことだらけだけれど、胸がちくんちくんと刺されるようで。

私のそういう、振り切れない、割り切れないもやもやを、オットはよくよくよーく知っており、「今年は喪中だし、家族で静かにすごせばいい」と、思ってくれていたようだった。私は特段意識して正月の予定を考えていたわけではなかったけれど、「何もなかったように、いつも通りの顔をして正月ムードを共有する」のは嫌だったことは確かだから、適当にはぐらかそうかと思っていた。

そんななかで、オットに届いたのは、「正月どうする?こられるよね?」メールだったわけです。いきりたって、のっけからケンカ腰になって義母と一戦まじえたオット。義母にも言い分があり、「不幸があったから、わざわざ様子伺いしたのに」というが、オットは「聞くこと自体が無神経だ」という考え。この2人は、いつも言葉のあやを理由に反発や決裂を招く。

義母は、義母なりに「私も気を使って、尊重しているし、選択肢を提示している」と思い込んでいる。しかし、オット(私もだが)にとっては、義父母からの「様子伺い」には「選択の余地」はないのだ。先の正月ぶち切れ事件しかり。日常の積み重ねとして、「今回はパス」「また今度」「うちはいいよ」というやんわりor直球の御断りが、そのまま掛け値なしにふつうに受け入れられたことがない。

今回も、「今年はやめておくよ」というオットの言葉に「なんで?」ときたそうだ。

それであまりに腹にすえかねたオットが、義母の思考回路を手厳しく批判したら、今度は義母もキレた。そして、ふだん小言や愚痴ばかりをこぼしていたはずの義母に即チクりんぐ。電話口ではどうやら、私を出せ、直截話す、おまえじゃ話にならん。と要求しているようだ。しかし、夫は断固拒否。途中で決裂して、電話を切った。

そしたら今度は、私の携帯に。オットに「出なくていい」と言われてで損ねたら、今度は固定回線に。仕方なくでて事情説明をしようと思ったら、鬼のような声音の義母が。しかし一瞬にして義父に代わられ、私の真意を問いただされる。「今年は喪中の人間も身内にはおおいし、悲しいのはわかるけど、誰もが経験することだから」と。慰められたのか、たしなめられたのか。不明。

なので、遠慮なく、しかしやんわりと、先に書いたような、私が、義母たちに抱く「複雑な感情=元気で、ゆとりがあって、いいな」ということを、言ってみた。「義父母のせいではないけれど、まだ、どこかでうらやましい、切ない、胸が痛むのだ」と。私の心情を誰よりよく知っているからこそ。最期の私たち家族の抱えていたさまざまな感情を、そばで目の当たりにしてきた義父母だからこそ、いわずもがなで「まさか、来いとは言わないだろう」と思っていたのだろう。

しかし、予想に反して「(当然来るでしょ?)どうする?」という押し出しに、辟易したのであった。義母は、こういうときだけは、義父に頼る。それも、気に食わないことのひとつなのだろう。それで、わりと、スピード沸騰して、「どうかしてるよ」「(私に代われ、という要求に対して)代わるわけないだろ。恥ずかしいことするな、本人に直接なんて、どういう了見だ?」と、さらにヒートアップ。

オットの真意については、私が代わりに説明し、物言いについては謝罪したが、どうしても解決しえない深い溝が、オット母子の間にはあるようだ。それは、義母が言うように「うちの家族は言葉がたりないのよね~悪気ないんだけど」というレベルの話ではない。

オットはやはり、自分の親に対して根深いあきらめと警戒があるし、それが根雪のように、心の深層に堆積している。「話したってわからないひとびと」「けっして顧みないひとびと」「自己正当化」し、「それはなかったこと」にしてしまえる人、と思っている節がある。私は、オットが何を指してそのように感じるのか、わかる。

オットの義父母は、うすうすその、自分の本質に向けられる鋭い指摘や冷やかな視線に気づいていながらも、人生の終盤戦に入ったいま「ふり返ってどうなるんだ」と、直視しようとしない。しかし、心理的には「図星」を指されると、絶対に目をそむけてなかったことにしてしまうのだ。

たぶん、オットは、「なかったこと」にされるのが一番いやなんだろう。

ひとは失敗するものだし、許されることが必要だ。だけど、図星を指されて逆上したり、言いつけ口で相手の出口を八方ふさいだり、裏工作のようなかたちで周囲を取り込もうとするのは、よろしくない。

そういう意味で、オットは気の毒だ。

私の心情を慮ったばかりに。自分の親の不見識を指摘したばかりに。そして偉大なるパターナリズムのおかげで、とばっちりを被っているのだけれど、それでも、私への配慮はとてもありがたく、心あるものだったと思うし、私は守ってもらったと思っている。途中、直接取り込みのコンタクトがあったけれど、私はオットのことを、大変誠実で、まっとうで、勇気もあると思っている。少なくとも、ご都合主義的に、日和見的に、内憂外患で、仮想的を創って結託するよりは、はるかに。(ごめん、君の親に対してきびしすぎました)

私がオットの真意を説明し、なぜオットが義母に対して猜疑的で警戒心いっぱいで、反発ベースの対応になるのか、を説明すると、義母はしぶしぶ電話を切ったが、オットに代わって言うべきことは言えたとは思う。

しかし、こんなことで気苦労を重ねなければいけないオットには、ほんとうに同情する。

オットの両親は、本当に気のよい、悪気のない人たちだけれど、人との距離感、自分の価値観と人のそれとの歩みより、特に自分たちの長男に対しては軽んじすぎる。それは、よくよく自覚的に見直すべきだと思う。あれでは、オットは気の毒だ。

このできごともまた、例のごとく「なかったこと」になっていくのかもしれないし、悪いことではないけれど、「なかったこと」にしてしまっては、あまりに不毛で不誠実だ。

せめて生きて元気な間に、オットがなぜかくも懐疑的で反発的にならざるをえなかったのか、その本当の答えに気づいてあげてほしいよ。

元気出してくれ、オット。私もこどもたちも、いつも君の味方だ。私たちは、どんな些細なことも、なかったことにはしない。

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2009年12月 1日 (火)

“dialog in the dark”

念願の、「DIALOG IN THE DARK」にオットと参加してきた。日本で開催されてから、今年で10年になるのだそうだ。そんなに?という感じだ。10年目にしてやっと、の初体験。

「いつかはぜひ」と思いながら、タイミングが合わなくて今日に至り、急に思い立って実現した。ついでにオットも、と思って勝手に申し込んだために、オットに至っては「それってなに?」状態での参加となった。何事につけ、あまり事前情報を仕込むのが好きでない性分らしく、「それってなに?」なくせに、結局直前まで「なに」かを知ることなく参加した彼は、それはそれでなかなか度胸がある。私だったら、なんだかよくわからない催しには、引っ張っていかれないかも。

内容については、もう、あちらこちらで、いろいろな人が、ブログやら何やらでリポートしているから、詳しくは書かない。でも、自分のからだを通して実際に感じた、ありとあらゆる感覚と、心理的な変化、そしてひとのもっている可能性と「もったいなさ」については、忘れないでおきたいと思った。

時間の感じかたがまるでちがう。空間というものの捉えかたも。嗅覚や聴覚や触覚が急に発達したように感じる。オットと、赤の他人の存在感の重みが入れ替わり、「社会的な距離感」がゆらぐ。声音に、足音に、人柄が現われるような気がする。ココアが、ビールが、こんなに匂いの強いものだとは思わなかった。

ひとは「なれる」いきものだ。未知の境遇にも「慣れる」し、そういう体験を通して想像したり、ちがう感じや立場になったような気にも「なれる」。でも、すぐにまた元通りにも「なれる」から、きっと忘れてしまうかもしれない。でも、そんなことがあった、ということは憶えておきたかった。ひとは一度記憶したことは、忘れることはあっても、失くしはしないそうだ。

決して安くはない入場料。制約の多い参加条件。

だから、いつでもすぐに参加できる、ということではないだろうが。

暗闇は、恐怖でも無でもなかった。

でもそれは、私たちに聴覚があり、それが研ぎ澄まされるからだ。

自分の体をささえ立たせる、平衡感覚が備わっているからだ。

おかあさん、真っ暗闇の世界ではなかったかもしれないけれど、音がなく、自分のからだを随意に制御もできなかったあなたの「世界」は、いったいどんなだったのかしら?

今日起きてみて、土ふまずが筋肉痛になっているのに気付いて、両の足の裏で、必死に世界を探りあるいて、カラダのバランスを支えていたのだと思った。

暗闇に入るまで、暗闇のなんたるかを知らなかった(決して「乏」しくも「貧」しくもなかった!)私だから、無音で拠り所ないおかあさんの世界も、体験してみなければわからないだろうけれど、でも、どうだったのかな?側にいても知っているとは限らない。知っていることと、わかることとは、まったくの別物だという誰かの言葉が今ならよくわかる。

暗闇の中で私が対話したのは、他人の声ではなくて、自分の中の何かなのだろう。

「楽しかった、また来ます」と言って会場を後にしたけれど、まだ消化できていないみたい。一晩眠って、余計にそう感じる。でも、もっと早く行っていればよかった、とは思う。

もっと早く、体験すべきだった。そうしたら何かが違っていたかも。それが何かはまだまとまらないけれど、そんな気がするのだ。

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2009年11月12日 (木)

最後の「重役」

忙しくてニュースが追い切れていなかったら、大変な訃報。

ついにみまかられたか。

「森繫の重役読本」は、憧れの世界だった。今も大好きだ。

向田邦子が見出された音声だけのラジオドラマの空間が再現された小品だけど。

向田邦子や久世光彦のエッセイで語られる森繁久彌のエピソードは、楽しくて怖かった。

どのくらい怪物的なひとなのか、その片鱗がうかがえて怖しかった。

好好爺も助兵衛爺も、大会社の重役も何もかもおもしろおかしくて、かなしくてよかった。

「重役」が似合う最後の役者だったと思う。心から黙祷。

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申告漏れのコスト

税務は、大変な負荷がかかる。

個人事業主時代も含めると、社会人になってからの8割は、税務処理を自分たちでやってきた計算になる。自営・経営の経験がないとわからないかもしれないけど、ほんとうに面倒で大変で、コストがかかるのが税務なんだよな。

確定申告レベルならまだよかったが、会社にしてからは、素人の浅はかさで初年度に初歩的なミスを犯し(いまとなっては恥ずかしくて他人様に言えないほど低レベルなミスだが)、そのツケをリカバーするのに結局5年ほどかかった計算になる。

多くの人が儲けたいと思い、儲かったら少しでも節税したいと考え、あの手この手で知恵を絞り、策を講じていることと思う。幸いというか、残念ながら、私たちはそこまで節税に血道をあげるほど利益は大きくないから、「節税対策」にさほど頭を悩ませた経験もない。

税金の使い道に関しては地方税であれ国税であれ思うことはたっくさんあるが、基本的には納税は国民の義務だと思うから、いたずらに節税するつもりはない(=私見だが、極度の節税は脱税行為に近い、と私は思っている)。

だいいち、税金の使途に不満があるなら、政治参加のかたちで意志を表明すればいいわけで。自分が少数派で政治に声が反映されないのであれば、反映してくれるための努力をすればいいわけで。実際には納めた税が希望どおりに社会に活かされることはまずないけれど、そのことと納税を惜しむこととは別な気がしている。要は、ちゃんと納めるべきだとは思うわけです。

それで。

茂木健一郎さんが4億円近い申告漏れをしたということで糾弾されているようだが、私は気の毒だなと思ってニュースを見ている。仕事の関係で、茂木さんにお目にかかってお願いごとをしたこともインタビューしたこともある(ご本人は記憶にもないだろうが)。超人的に多忙でありながら、秘書もエージェントもなしに、自分の行動と思考をできるだけ自分で管理できるようでありたい、という意志を感じる人だった。

忙しすぎて、ついうっかり、ということは多かったけれど、それでも遅刻しそうになれば律儀に詫びと状況の報告をしてくれるし、大変な努力をして約束は守ってくれた。10分の時間があればPCを開いてなにごとかを処理し、しかし頭の切り替えは確実にできる人で、頭も時間も常人の倍速で動いているように感じて驚いてばかりだった。

それで、何がいいたかったかというと。

本人も「節税には興味がない」とコメントしていたみたいだし、「税額を税務署が計算して請求してくれたらありがたいんだけど」と、(聞く人が聞いたらまた怒りそうな)コメントをしていたし。

要は、本当に本当に、具体策を講じる物理的余裕または積極的関心がなくって、しかしどこかでは「あー、やらなきゃー。でも溜まっちゃったのを着手して解決するかなー。仕事は山積、疲れも山積、いつかはやらなきゃなー」とは思ってて。

私自身が、こまごまとした事務処理や自己管理があまりにルーズすぎて、オットの逆鱗に触れること多々だし、ほんとうに人でなしみたいな「うっかり」「忘れて」「そのままにしちゃって」ということが多い人間だったので、茂木さんの叩かれ方や、「故意に脱税したんだろ」的なバッシングはほんとうに胸が痛む。勝手な思い込みだけど、彼は本当に、興味が薄くて放置してしまったんだんと思うな。

だからといって、膨大な金額を稼ぎ出した著名人、公人としては、「つい」「知らなかった」では済まされないレベルのことなのだろうが、なんだか気の毒で仕方ない。

たしかにルーズで不見識だったかもしれないけど、(個人的意見ではあるが)突出した能力があり、エネルギーをそれに集中させて生きている人は、たいていこうしたことは考えることすら不得手だし、もっと言えば逸脱してることのほうが多いと思う。大の大人でも、知的能力が高くても、この手のことは別格に苦手だというのが経験上の理解。

それで。

何よりも、彼にとって一番の代償となったのは、個人資産が実数として社会に周知されてしまったことじゃないだろうか。「売れっ子だね」「稼いでるね」というイメージレベルから、「税額が4億円って?」「銀行残高は数億円って?」といった情報まで知れ渡ってしまったことじゃないのかな。

数値を与えられると、人は見る目も変えるから。友人知人の態度も視線も変わることだってあるだろう。家族だって、他人からの目が変わることを感じるかも。窮屈が増えるんじゃないだろうか。

そう考えると、修正申告と追徴課税がおわったとして、不適切な部分は正されたとしても、茂木さんが支払うことになった社会的代償は、金額には変えられないくらい大きくて重いものになっちゃったんじゃないだろうか。それは本当に、残念でしたね、と思う。

それだけで、十分に社会的制裁を受けているんじゃないのかな。みんな、そんなに怒らなくてもいいのにさ、としみじみ思う。ちゃんと後から払ってるんだし。できれば変わらずに、胸を張って堂々と活躍してほしい。だって、犯罪じゃなくて、ミスなんだもの。

なんか、日本人って、人の失敗やミスに対してものすごく狭量だ。甘くしろ、ということではないけれど、もっと他人に対して鷹揚であってほしい。自分もそうありたい。

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2009年11月10日 (火)

自分の感受性くらい

「悲しくてやりきれない」の、オダギリジョー版を発見。素晴らしい。声がいい。マットでスモーキーで温かくて悲しい。歌がうまい。気取らず、変な節回しもなく、素直だ。今の自分には、オダギリジョーの歌声がしっくりくる。あの人は才能豊かだなぁ。

たまたま読んでいた本で、茨木のり子の一編の詩に出会う。学生時代に繰り返し読んだ詩。あの時は青臭く観念的な理解でしかなかったが、今は身に沁みて痛い。

ぱさぱさに乾いていく心、しなやかさを失い、何もかも下手で、そもそもがひよわな志しかなく、やりばのない怒りを愚痴るような人間ではいやだ。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

はい。ごめんなさい。

昨日初めて自分の抱えてきた怒りを、抑制しつつも表現してみた。本気で怒った。相手にも伝わったことだろう。しかし、適切に表現された怒りは後を引かない、ということもこの年にしてよくわかった。今は、心中清々しい。

どちらに非があり、落ち度があるかを人質にして、言いたいことを飲み込み、最初から諦めていたことがいけなかった。自分の尊厳を守る意味で、適切な怒りの表現は必要だ。

ムスメやムスコにも、理不尽に感情を抑圧させてきたかもしれない。

怒りは、やりばのない悲しみの転化したものだって、誰がいったのだっけ?

とにかく。負けないぞ。生きていく私。

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2009年11月 5日 (木)

こんなもの買っちゃいましたrev

11月。今年もあと2カ月。Time flies.

いろんなことが、自分の意志とは別に一気に動きだしてめまぐるしい。このうちには、期待と緊張に胸ふくらませるような心機一転ものもあれば、現実的妥協策として引き受けざるを得なかった(ありがたいけれど、正直にいえば)不本意なものもあり。Time is 容赦なし。

倹約ライフは相変わらず、堅実に、質素に、でまあ順調に行けている。依然と食の質も量も落とすことなく、そして子どもの食事量が倍加しているにもかかわらず、以前より相当少ない月5万円以内の食費で収まっているし、なぜか夫婦ともに酒量が激減。なんといっても、さほど飲みたくなくなった。たまーに週末ワイン1本をちびちび半分こするくらい。前は土日で3本は必ず空けていた。

できれば食欲もこんなふうに自然に減退してほしいもんだ。この年にして、夫婦そろって食欲だけはますます旺盛。ボディも育ち中なり。飲食費は月に10万円は減ってるはず。しかし体重は反比例して、2人で10キロは増加してるかも(1か月単位じゃないけど)。

車も処分したので、月に込み込みで10万円は削れてるはず。戸建てなら維持費はさほどかからないだろうが、都会のマンションは分譲であっても、置いとくだけで費用がかさむ。しかも本当に忙しい時にはタクシー頼みになるので、結局いらない。電動アシスト自転車があればOK!と思っていたけれど、まだムスコが微妙に小さいので、自転車だけで遠乗りは難しい。天候にも左右されるし。

というわけで、某くるまメーカー系のカーシェアリングサービスに申し込んだ。法人コースなので月額は無料。15分単位200円。歩いて10分以内の場所に4か所ほどステーションがあり、利用の1分前からでも、2週間先まででも予約可能。ちょい乗りには好都合この上なし。しかもうちの近所は稼働率がたいへん低いそうだ(うちにはますます好都合だが)。こういうとき、都会は便利だなとは思う。便利のおいしいとこどり。

どうしても減らすことのできない新聞図書費は、同じマンションに大手書店の管理職をしている方がいるので、その方に社販にて取り寄せてもらう。高額な本や大量購入の時ほど値引き率が効いてきて大変助かる。

大好きなバレエや舞台の鑑賞も、回数自体は減らさずに、鑑賞席のグレードを下げつつ足を運んでいる。たまたま自分たちの好みが、平土間のS席ではなく、バルコニー席であるため、贔屓の劇場の会員になって先行予約の際にピンポイントで座席指定ができる。文化会館やゆうぽうと系の公園の半額以下で、遜色ない鑑賞ができるのは素晴らしい。

スカパーなどの有料放送もキャンセルして不都合なし。かわりにNHKのオンデマンド放送で、名作のアーカイブ鑑賞だとか、ハイビジョン放送のプログラムで十分満足。こどもの本は図書館や中古本も活用。自分の本はよほどでなければ文庫化を待って購入。そうすればスペースもコストも圧縮できる。文化的水準は落とさずとも倹約は十分に可能だ。

オットにもお弁当をなるべく持ち歩いてもらっている。本人いわく「外ランチはおいしくない、飽きる、高い」の三重苦だそうなので、倹約目的というよりは、舌とお腹の満足のためか。でも私も家の冷蔵庫のありあわせで軽くすませられるので、2人分の昼食代を1カ月に積み上げれば3~4万円はいじめられる計算だ。これも馬鹿にはできない。

お金は、残高や有無を意識せずに済む程度にあればよい、というのが私の基本的な考えではあるが、意識しなければ結局ジャブジャブになる。特に我々のように給与所得者でないと、「ちょっとプラス一仕事すれば、これくらい買って大丈夫」と拡大増長志向になりがち。

1か月をこの予算で納める、という強い意志のなかでやりくりするには、それ相応のクリエイティビティ(工夫と機転)が必要だ。それはそれで楽しさ面白さがあることを知った。だって、日々の暮らしこそがすべての基盤だもの。それを楽しめなくて、いったい何のための仕事であり、家族であり、生活だというのか。なんちて。

って、ここまで書いておいて、お金も多少は使っていることを白状しておく。買うに至った経緯や価格はナイショ。でも、こうやって倹約していくと、本当にほしいものは何なのかもハッキリ見えてくる。メリハリがつく。自分の欲望の強弱はもちろんだが、いまの暮らしに「ぜひあったら素敵だ」という判断がつくようになった。一度決めたら、それは手に入れる。

そんなわけで、こんなもの買っちゃいました。

02064026sd_2 ロバート・サブダのポップアップカード「ブーケ」

これはとっても重宝。安くはないけど、華やかで、贈答のお礼や子どもの友達の発表会うや誕生日(のプレゼントのやりとりなどに迷ったり悩んだりするとき)に最適。誰もが最初に歓声を上げ、大人にも子どもにも、お祝いにもお見舞いにもお礼にも使えます。今年は新作のケーキ版も買いました。

次はこれ。

31378408pa_2 MoMAの「マイウォレット」

とにかくポケットが多くて、収納量も多くて、外見シックで中はカラフルで、ちょい外出のときにも重宝。ふだんはトートバッグのなかにこのまま入れてます。旅行にも最適。というか、ほんとのとこは、これまで愛用してたHIROFUの財布が天寿を全うしたので急遽GET。

おつぎは器。父にへんなところが似てしまった。器道楽。散財DNA。

表参道・桃林堂のギャラリーはまめに覗きます。ここのお菓子もかわいくて好きだけど、10月の3人展は心惹かれてしまい、3つ衝動買い。

Img_0942 陶芸家・望月薫さんの器 その1

Img_0949 同じく望月薫さん作のお皿。ケーキにも和菓子にもハバネロにも? 

Img_0948 糸底には気のきいた模様が。蛇の目風。こちらも使えそうで気に入った。

Img_0944_2 そ、そしたらなんと、5周年の記念にぐいのみをいただいた!

望月さんの器は、繊細でマットな質感と、釉薬マジックともいえるような無駄のない美しさ、そして手にとるとびっくりするくらい繊細なのに安定した構造をもったフォルムが素晴らしい。一目、じゃなかったひと手惚れした。ほんとは、もっとほしかった

Img_0951 こちらは3人のうちの一人、平厚史(たぶん)の飯茶碗。

素朴で温かみがあって、たっぷりご飯がよそえて、唐辛子みたいな模様が愛らしい。なのに、こちらも手にとったらしっとりと手になじむような、薄手で繊細な質感。民芸風の陶器茶碗とは一線を画す素敵な手触りにひと手惚れ。こちらもお買い上げだ。ご飯がおいしいことおいしいこと。

そのほか。名前だけ。

手ぬぐいフリークなので、大好きな「かまわぬ」で新柄を2~3枚。オットと共有。ゆで卵と、コーヒーカップと、柿の柄をチョイス。てぬぐいは本当に便利。子どもが小さいと、寒い時にはストールの、暑い時には帽子の代わりにできるし、いざというときは救急にも、風呂敷にも代用可。バンダナやハンドタオルより給水力と速乾力に優れアイロン不要。完璧だ。

51kx75pu3wl__sl500_aa240_ 週刊朝日MOOK「筑紫哲也」。

これだけ異色だけど。私は朝日新聞の購読家庭に育ったし、朝日小学生新聞も英語新聞も読んでいた。しかも今は亡き「朝日ジャーナル」とともに高校・大学を過ごした世代。「新人類の旗手~」は欠かさず読んでいた。カルチュラル・スタディーズを体現したような人だったから、評価はいろいろだろうし、個人的には好悪の感情をもつ余地もないくらい眼にしてきた著名人だが、好むと好まざるとに関わらず、時代精神的には色濃く影響を受けてきたと思う。「彼ならなんというだろうか」と、無意識に想起してしまうくらい、思考の深層に定着した人のひとりだと思う。そんなわけで、没後1周忌記念の特別編集号と聞いて、一応買いました。他者との距離のとりかた。何物にも巻き込まれず突き放さず、という淡々としたスタンスを自然にとれた人のように、誰もが異口同音に言葉を寄せていた。社会的功績や職業的業績よりも、そのキャラクターのありようが一番印象に残った。親御さんにちゃんと愛されて育った人なのだろうな、となんとなく思った。

あとは、CD。

佐野元春「No Damage」。なんでいまさら…だが、13歳の自分を思い出して。洋楽に走る前夜のみずみずしくも青臭いような記憶。長く忘れていたけれど、加藤和彦氏が亡くなって、「悲しくてやりきれない」を求めてYouTubeを漁っていたら、偶然いきついたのが「グッドバイから始めよう」。なんだこれ。あっという間に歌詞を思い出してフルで歌えたのが驚き。昔はメロディの美しさに気を取られてわからなかった歌詞に、胸を衝かれて涙ぐむ。

ちょうど波のようにさよならが来ました。

言葉はもうなにもいらない。ただ見送るだけ。

どうしてあなたはそんなに手をふるのだろう。

僕の手はポケットの中なのに。

ちょうど波のようにさよならが来ました。あなたはよく言っていた。

終わりははじまり。終わりははじまり。

うーん。わたしごときの、中学生レベルの感性じゃわからなかったせつない歌だった。

ついでに(なんのついでだか)、くるりとCOLDPLAYのまだ持ってないCDも獲得。ロックな気分だったのかな…。くるりは素晴らしい。COLDPLAYは持っているけど、それほど熱心じゃなかった。でも先日カナダのライブを見てはまった。vo.の人、きっといい人だと思う。声がきれいで、メロディがメロウで。挙動が品性下劣じゃない。華があるのにスタンドプレイでない。希有だ。

ついでに、シャンソンと、バーンスタインのベトベン全集をマルチバイをいいことに。

まあ、これらをすべて合わせても、上記で節約した金額の1割にも満たないです。でも、気持ちは豊かです。本当にほしいものがわかるというのは、ほしいものをなんでも手に入れられることより、数倍幸せだということを、恥ずかしながらこの年にして知りました。

物欲をうまく飼いならすことは、いたずらに満たそうとするよりも楽しいもんだ。

なんか、忙しくて疲れてきたので、とにかく気晴らしの与太話ログ。

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2009年10月26日 (月)

新型インフル、ついに。

ムスメがついに、新型らしきインフルにやられた。

彼女が通う小学校ではすでに学級閉鎖が続出。ムスメも金曜日の午前中に学校からの連絡で帰宅させられたのだった。といっても、金曜日はまだ微熱程度。専守防衛を旨とする学校の判断で、「疑わしきは罰する(使い方が違うけど)」感じで、速攻帰宅を命じられたわけです。

しかし、本人は比較的けろりとしているし、潜伏期は検査をしても結果が出ないし、そんな状態でのこのこ(使い方が違うけど)病院まで言って、本人にも周りの患者さんにも負担かけても意味ないし、と思って翌日まで様子を見ることにした。

そうしたら、学校から「病院行きましたか?」の念押しコールが。あまりに周到すぎて、ちょっと引く。親だってちゃんと状勢みきわめて、しかるべき対処をとろうとしているのに、あんまりにも念入りなんだもの。

一応電話口では、「24時間待って受診する」「結果がわかったら連絡する」ことを丁重に伝えて誓いました。受診結果はシロ。しかしそれでも土日は、お稽古事があったけれど、本人も万全じゃなさそうだったし、潜伏期間かもしれないので、自宅で安静に過ごさせた。

しかし、元気過ぎてありあまるエネルギーのやりばに困るくらいハイパーになってしまった子どもたちのガス抜きをするために、日曜日は近所のイベントへ軽く散歩。とても寒かったのは事実なんだけど、だんだん無口になり、異常に寒がるムスメが気になり、催しもそこそこにさっさと帰宅。しばらくして検温したら、38度5分。

昨日シロの判定がでたばかりだったけれど、これでもう覚悟した。

2時間後には40度に。まだ検査はしていないけど、あきらかにインフルでしょう。

昨日の夜は、薬なし、処置なしのなか、40度近い熱で震え、激しい頭痛を訴えるムスメの看護でほぼ徹夜に。

頸動脈、両脇、両鼠頸部の動脈を保冷剤で冷やすと、一瞬楽になるみたい。しかし、常備のカロナールがないので、解熱鎮痛剤は使えないし、喘息の既往があるのでそちらも気になるし。

念のため、インフル大流行に備えて、この秋からはずっと吸入ステロイド(パルミコート)を続けてきたし、その意味では呼吸器系は比較的安定している。発熱前にめずらしく喘息発作があったけど、ベネトリンとホクナリンテープで落ち着いた。吸ステしていなかったら、あっという間に気管支炎・肺炎になっているのは経験済み。ムスコも同じく順調。

今日午前は学校から一斉配信メールが。学年閉鎖(担任も罹患)で今週いっぱい5日間お休みだそうだ。オットもそれとなく仕事先から「休んだら?」の及び腰な反応があったみたいだけど、医師の承諾を得たということで出勤した。ムスコも保育園は「登園OKですよ」と言ってくださったけど、この雨の中、ムスメをひとり残して送迎はできないので今日は休ませた。本当は7~8時間でも登園したほうが、当人にとっての感染リスクは少ないはずなんだけど、媒介になって園に広げるリスクの方が大きいし、それは申しわけないし。

同じマンションにはムスメと同学年別クラスの児童が何名かいるが、全員現在ダウン中。うちのマンション全滅中。すれちがうだけでうつるのかなんなのか…。

まあ、10月半ばがピークとは聞いていたし、本当に、あっという間に広がる(症状はふつうのインフルと変わりないけれど、いかんせん感染力は非常に強い)ので、もう、我が家も時間の問題だろうとは観念していた。それに、考えようによっては、かかるならさっさとかかってしまったほうが毒性が強くならないという話も聞いたし。

で、今日の受診で、晴れて(使い方違う)インフルが判明。さっそく懐かしいリレンザを処方された。初めて処方された時よりも、説明書は丁寧で要点が整理されていたし、久しぶりでも難なく使いこなせた(大きな改良はなかったようだ)。とにかく早く効いてくれるといいのだけど。

そして、できれば家族内感染は最小限にとどめたい。(という思いと、不謹慎だが、どうせならこの間に一斉にやっちゃいたいという思いと両方)秋は行事やら何かと忙しいし…。

しかし、こんな時に限って天候も不安定で、ぜんそく持ちには散々な状況だ。いまはムスコが心配。なんとかやりすごしたいものだ。

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2009年10月19日 (月)

ピアノ伴奏の拷問

まったくもって、くだらない話なんだけど、あまりに辛いのでログ。

うちの眼前は区立保育園。路地を挟んで、テラスの先の生垣の向こうは、保育園の居室の窓。数メートルも離れていません。だから、窓を開けていればお互いの活動内容が手に取るようにわかる。日中は静かな住宅街だから、それなりの音声ボリュームがあれば会話も筒抜け。それくらいに近い。

で、保育園児をもつ親としては、保育園における一日のスケジュールはだいたいわかるから、「今は外遊びの時間だな?」とか「いまは給食」「お昼寝」「おやつ」…という具合に、時間の運びも把握できる。もともと子どもの声でうるさいのは慣れているし、多少の「騒音」もスル―できるくらいに集中できるような訓練はされている。

しかし。

このところ、おやつ後の保育園から流れてくる「お歌」の時間のピアノ伴奏にはほとほと困っている。だって、あまりにも下手くそ。どのくらい下手くそかというと、あまりに音程が外れっぱなしなので、「こんな伴奏ならないほうがいい」というくらい。集中したくてもまったくできないくらい。ものすごいドヘタ。

音痴な人や調子っぱずれな歌い方をする人は多々いるけれど、たいていは伴奏に助けられて歌や曲の体をなすものだから、歌の全体像だけは、なんとなく把握できるし、精神的苦痛を感じるまで我慢しないでも済む。

しかし、伴奏がグダグダ(もはや音楽とはいえない)だと「歌」にならないんだな。

そいでもって、この先生(若い女の先生のようだ)は、一生懸命ピアノを弾いて、こどもたちに「さん、はいっ」と合唱を促すのだけれど、こどもたちは最初の歌いだしのみ頑張って元気よく歌ってはみるけれど、2小節目ですでに歌えなくなってしまっている。聞いている限り、歌う気がないわけでも、しらけているわけでもなくて「歌えない」のだ。

先生は、なぜか歌は下手くそではなくて、どうにも食えない伴奏をしながら、自分はちゃんと音程をとって歌えているのがまた不思議。

言葉でこどもたちに「がんばって歌って~?」と鼓舞するも、こどもたちは完全に「…」と沈黙。やる気はあるのに、どう歌っていいかわからなくて当惑しているのが伝わってくるよ。

窓から流れてくるのはただ、「♪♪♪pigdowntyphoonrainshock」という正体不明の伴奏のみ。どうやら歌詞から察するに「大きなうた」のようだが、先生のリードでしかわかりません。

保育士の資格試験って、ピアノの実技とかってなかったんだっけ?課題曲だけそれなりにひければ合格なのかな?というか、保育士の技能としてピアノが必須かどうかは疑問(なくても保育はできるし)だけど、こんな伴奏ともいえない伴奏なら、弾かないほうが世のため人のためなんじゃ?

というか、こどもたちが当惑して歌うこともできない伴奏、音程をとることができなくなってしまうほどの演奏なら、聞かせるべきではないんじゃ?

それにしても子どもって、正直だ。先生は、伴奏がグタグダなのをものともせず、しまいには「ほらっ、みんな歌って~!? せんせい独りじゃ弾きながら歌えないし!」と、意味不明な責任転嫁をしているよ。こどもたちはますます沈黙中。

めげない、いい先生なんだろうけど、他の保育士とか園長はこれで平気なのか。交代してあげるとか、制止して切り替えるとか、してあげないの?あまり好きな言葉じゃないけど「教育上」よろしくないと思いますけど。

聞いているこちらまで悪酔いしそうな、ものすごいストレスのなか、結局窓を完全に締め切って遮音して難を逃れた。しかしこの環境にこどもたちがさらされて「音が苦(ベタだ)」な時間を過ごさねばならないのは、あまりに気の毒。これが連日だもん。

どうしよっかな、保育園に電話してひとこと伝えた方がいいかな、とも思ったけど…。

最近の世知辛い世の中を助長するような、匿名化・陰険化する一方の「クレーム」の片棒担ぐような真似はしたくないし。ニュースでもやっていたけど、最近じゃ児童公園でのこどもの遊び声がうるさい、などというクレームがたくさん役所に寄せられるらしい。世も末だ。そんなご時世だからよけいに、「めくじらをたてない」ことは大切なんだとは思うけど。

まあ、うるさくて不快なだけなら、窓を閉め切って我慢すればいいわけで、「迷惑」という観点でいえば、大したことではありません。しかし、あの「音の渦」に巻き込まれて歌も歌えない2~3歳児のことを思うと、それはそれで気になる。

先生、せめてもう少し練習をして、こどもたちが歌う気になるくらいのレベルまで技術は修得してください。それが無理なら、別の人に引いてもらうか、無理して生ピアノを弾かずにカラオケでも自動演奏でもいいので、他力に頼ってください。

未来あるこどもたちのまっとうな音感と精神衛生を守り、歌嫌いにしないためためにもぜひぜひお願いします。 …って、また今日も元気に始まったようsweat02

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2009年10月 4日 (日)

東京五輪の幻の陰で…

巷で話題(?)だった、オリンピックの東京誘致敗退の件で。いつ、誰が、どの程度熱心だったのかは正直まったくわからないけれど、幻の五輪再開催は、「案の定」霧消した。内心ホッともしている(だって開催の暁には一体どれだけの都民の血税が費やされ、インフラ整備のためのしわ寄せが来るか!)

経済・文化の刺激策だとかなんとか理由をつける人は多々いるけれど、税金を大量投下して、じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ使って、公共工事を増やして、という仇花的発揚策はもうだめだって、ちょっと考えればわかるはずなのに。

聞けば、今回の誘致策に費やした費用は100億円とも150億円ともいうじゃないか。

「あの金で何ができたか」ということに尽きる。

スポーツイベントにお金を使うのがいけないとは思わないが、スポーツ振興に充てるなら、十分な育成制度に活かせば十分に生きたお金になったただろうし。限りある財源を、こんなふうに使っていいものか。いったい誰が、この一連の施策に賛同したのか?

と言っていて、思いだした。

ちょうど1年前、母が入院した病院で、医事職員や医師が控えるフロアでみかけた光景。廊下の掲示板には、都職労と銘打ったスローガンバナーが張り出してあって、その多くは「都職員の待遇改善」「過剰なノルマ主義を公共サービスから排除せよ」みたいなものだったのだけれど、なかに「東京五輪に血道をあげるなら、その財源を都職員の待遇改善に」的なものが混じっていた。

私もそれを見て「そうか、都税は五輪と公共サービスの職員とで食い合うんだな」と、あらためて実感した次第(厳密には違うのかもしれないが)。

母が入院していた病院は、25年前とは打って変わって、非常に看護・医療体制の質は低下していたし、病院の患者や家族に対する態度もシビアなものだった。

「治る病気」でないなら、病院にいても仕方がない。病院は病気を治すところ。後がつかえているから、早くベッドを空けてくれ。

そういう思考と姿勢は言葉にされたり、におわされたり、折に触れて感じた。そういう中に母を置いて帰るのはいたたまれなかった。いつまでも下膳されない食器。枕元に置きっぱなしの膿盆。更衣の途中で放置された衣類…。夜間は手を煩わされないために、相部屋のベッドサイドで、ポータブルで用便するように指示されたり…。数え上げればきりがない。

「厚意でおいてあげているのだから、贅沢はいわないこと」という圧迫を感じた。

「この病院は変わっちゃったわね…」と母もつぶやいていたが、今から思えば、公立病院に競争原理だとか、経営課題という視点が持ち込まれた時点で仕方がなかったことなのかも、とは思う。医療従事者なら当然の、個々のモラルのもちようという問題はあるものの、構造的な経営難の解消を現場に押しつけられたら、やっぱり「効率主義」的にならざるをえないんだろうな、と。ピリピリ、ぎすぎすしていたもんな…。

直接関係あるかはわからないけれど、近所の駒沢公園は季節外れにあちこちの修繕工事が続いているし、都内の都立病院の多く(小児・老人・精神保健系)は統廃合されてしまったし、近所の都立高校も意味不明な場所に移転させられ、跡地はもっぱら「オリンピック用?」とのうわさでもちきり。時機も目的も意味不明。

年間何億円もの赤字を垂れ流しにしてもいい、とは言わない。

不採算をどう解消するかは、民官とわずの課題だし、最大限の努力はすべきだとは思うけれど、たった数年の国際イベント誘致策にこれだけの大金を投下する「太っ腹」があるなら、どうしてこれからずっとここで暮らしていく人たちのための、「暮らしやすさ」に投下しないんだろう、と思う。

教育でも、医療でも、福祉でも、いくらでも「生きたお金」にできるところがあるのに。

そう思いながら、五輪誘致の敗退の報を見た。涙を流す人の気持ちもわからないではないけれど、いつまでも、どこまでもハレの日の「躁状態」を求めて都市の景気や文化を追いかけるのは虚しい。

これ以上手負いが深くならないという意味では、負けてホッとするけれど、招致を当て込んで準備したさまざまな見当措置も、そのために幻と消えた血税も二度と戻らない。虚しい。

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