「ったく、わかってねぇなぁ。何言ってんだか」
夕食時、オットが携帯のメールを見て瞬間沸騰したのがわかった。携帯メールで沸騰する場合、相手はほぼ特定できる。彼の母親だ。つまり、私の義母。
内容もほぼ特定できる。たいていは、届けものがあるから、とか人寄せをするから、とかを理由に、私たちとコンタクトをとりたがっているのがわかるとき。
オットの母は、ふだんはかなり鷹揚で、砂糖多めな人なのだが、独特の境界というのがあって、踏み誤ると逆鱗に触れるポイントというのがある。
その最たるものが、正月の訪問。自分の姉妹家族を全部自宅に集めて、総勢30名以上の老若男女がわさわさしているなかを、かいがいしく動き回るのが至福なのだという。
自分の母(つまりオットの祖母)も、おなじように子孫を一間に集めてまとめて面倒をみる、ということを続けてきたひとで、もっとも母親っこだったという義母も、自分の母へのリスペクトというか、オマージュというか、同じ世界を創ることを大切にしているようだ。
私は、サヨクだった父と、駆け落ち同然に結婚した母との間で築かれた、典型的な核家族育ちということもあって、親戚づきあいをほとんどしたことがないし、たまに義理でつきあわなければならないことがとっても苦痛だったので、結婚してしばらくは、オットの生家のこの慣習になじむのが大変だった。
また、正月は家族水入らずで、家事もせずにしずかに家庭内で過ごすのが我が家のならわしだったから、元旦早々、人付き合いに気疲れしに出ていくということが苦痛でしかたなかった。子どもができるまでの婚家の親戚づきあいというのは、ほとんど苦行だからね。
一度など、「今年は静かに二人で過ごしたい」と、親戚の集まりを拒否ったら、温厚(だと思っていた)義母が烈火のごとく怒り、鎮静化するまでの手間暇に相当懲りたので、以来、この年頭の「御勤め」は国民の義務だと思って甘受することにしてきた。年頭から、ネガティブなエネルギーを消耗したくない、という極めて消極的な理由から。
が、今年は、事情が違う。
別に、喪中だから「おめでとう」っていいたくない気分、というような話ではないけれど、何事もなかったかのように、婚家の正月祝いの席に連なるのはやっぱり気が進まない。たまたま今年は喪中の家族がいくつかあるようだから、「おめでとうはなしね」というのが義父母の方針なのだそうだが、そういう問題でもないのだ。
去年の今頃は、地獄のようだった。というか、地獄のはじまりだった。悩んで悩んで、一縷の望みにすがりつくようにして施設を探し、無理を行って入居の段取りを強行し、「松が明けたら入居できる」と、どこかで安堵しようとしていた。金に糸目をつけずに夜間の見守りをつけ、仕事の事情と、父母の悲痛な思いの間で、妹に帳尻合わせを頼んで。
正月が明けたら施設に入ることになっていた母のために、おせち料理をつくって実家に届け、元旦は「新しい幕開け!(にしたい)」という思いで必死にムードを盛り上げ、その足でオットの実家へ行ったのだった。
オットの実家では、「集う」ことが目的なので、とくに交流や会話があるわけでもなく、みんなリビングにごろ寝して、筋肉番付みたいな番組を見ていたし、義母は孫たちを2階に集めて保育室状態を楽しんでいた。私は、実家に残してきたいろんな葛藤たちを振り払うようにして、でも、特にすることもなく、ぼーっと座っているだけだった。「そこにいる」ことが、私のつとめであったわけです。
あれから1年だ。
2009年は、暮れゆくし、新しい年が来るには来る。でも、まだ何も明けてはいないのです。
七五三のときも、こどもたちの行事でも、出先の行楽地でも。60代、70代の「アクティブシニア」とおぼしき「じいじ、ばあば」が、目を細めて、しかし活発に孫の相手をしているのを見ると、やっぱりまだ、胸のどこかがチクリと痛む。
義父母が、エネルギーありあまる余生の矛先を孫たちに向ける気持ちもわかるし、それが存分に、時間もお金も気にせずにできることを、心底うらやましくも思うのだ。もちろん、ありがたくも思います。が、望んでも決して得られなかった「老後」がそこにはあり、互いに夫婦の悪態をついたり、小競り合いをしたり、孫を溺愛したりのベタな祖父母たちではあっても、その余裕のある幸せな暮らしぶりは、いまの私にはただただ、素直にうらやましく、傷に染みるのだ。
父や母が生きられなかった(実際には、別の人生なんだから、あたりまえのことなのだけれど)人生がここにある、と思うと、胸が締め付けられるのだ。ムスメやムスコにとって、「じいじ、ばあば」の記憶は、決して私の父や母ではないのだし。仕方がないことだらけだけれど、胸がちくんちくんと刺されるようで。
私のそういう、振り切れない、割り切れないもやもやを、オットはよくよくよーく知っており、「今年は喪中だし、家族で静かにすごせばいい」と、思ってくれていたようだった。私は特段意識して正月の予定を考えていたわけではなかったけれど、「何もなかったように、いつも通りの顔をして正月ムードを共有する」のは嫌だったことは確かだから、適当にはぐらかそうかと思っていた。
そんななかで、オットに届いたのは、「正月どうする?こられるよね?」メールだったわけです。いきりたって、のっけからケンカ腰になって義母と一戦まじえたオット。義母にも言い分があり、「不幸があったから、わざわざ様子伺いしたのに」というが、オットは「聞くこと自体が無神経だ」という考え。この2人は、いつも言葉のあやを理由に反発や決裂を招く。
義母は、義母なりに「私も気を使って、尊重しているし、選択肢を提示している」と思い込んでいる。しかし、オット(私もだが)にとっては、義父母からの「様子伺い」には「選択の余地」はないのだ。先の正月ぶち切れ事件しかり。日常の積み重ねとして、「今回はパス」「また今度」「うちはいいよ」というやんわりor直球の御断りが、そのまま掛け値なしにふつうに受け入れられたことがない。
今回も、「今年はやめておくよ」というオットの言葉に「なんで?」ときたそうだ。
それであまりに腹にすえかねたオットが、義母の思考回路を手厳しく批判したら、今度は義母もキレた。そして、ふだん小言や愚痴ばかりをこぼしていたはずの義母に即チクりんぐ。電話口ではどうやら、私を出せ、直截話す、おまえじゃ話にならん。と要求しているようだ。しかし、夫は断固拒否。途中で決裂して、電話を切った。
そしたら今度は、私の携帯に。オットに「出なくていい」と言われてで損ねたら、今度は固定回線に。仕方なくでて事情説明をしようと思ったら、鬼のような声音の義母が。しかし一瞬にして義父に代わられ、私の真意を問いただされる。「今年は喪中の人間も身内にはおおいし、悲しいのはわかるけど、誰もが経験することだから」と。慰められたのか、たしなめられたのか。不明。
なので、遠慮なく、しかしやんわりと、先に書いたような、私が、義母たちに抱く「複雑な感情=元気で、ゆとりがあって、いいな」ということを、言ってみた。「義父母のせいではないけれど、まだ、どこかでうらやましい、切ない、胸が痛むのだ」と。私の心情を誰よりよく知っているからこそ。最期の私たち家族の抱えていたさまざまな感情を、そばで目の当たりにしてきた義父母だからこそ、いわずもがなで「まさか、来いとは言わないだろう」と思っていたのだろう。
しかし、予想に反して「(当然来るでしょ?)どうする?」という押し出しに、辟易したのであった。義母は、こういうときだけは、義父に頼る。それも、気に食わないことのひとつなのだろう。それで、わりと、スピード沸騰して、「どうかしてるよ」「(私に代われ、という要求に対して)代わるわけないだろ。恥ずかしいことするな、本人に直接なんて、どういう了見だ?」と、さらにヒートアップ。
オットの真意については、私が代わりに説明し、物言いについては謝罪したが、どうしても解決しえない深い溝が、オット母子の間にはあるようだ。それは、義母が言うように「うちの家族は言葉がたりないのよね~悪気ないんだけど」というレベルの話ではない。
オットはやはり、自分の親に対して根深いあきらめと警戒があるし、それが根雪のように、心の深層に堆積している。「話したってわからないひとびと」「けっして顧みないひとびと」「自己正当化」し、「それはなかったこと」にしてしまえる人、と思っている節がある。私は、オットが何を指してそのように感じるのか、わかる。
オットの義父母は、うすうすその、自分の本質に向けられる鋭い指摘や冷やかな視線に気づいていながらも、人生の終盤戦に入ったいま「ふり返ってどうなるんだ」と、直視しようとしない。しかし、心理的には「図星」を指されると、絶対に目をそむけてなかったことにしてしまうのだ。
たぶん、オットは、「なかったこと」にされるのが一番いやなんだろう。
ひとは失敗するものだし、許されることが必要だ。だけど、図星を指されて逆上したり、言いつけ口で相手の出口を八方ふさいだり、裏工作のようなかたちで周囲を取り込もうとするのは、よろしくない。
そういう意味で、オットは気の毒だ。
私の心情を慮ったばかりに。自分の親の不見識を指摘したばかりに。そして偉大なるパターナリズムのおかげで、とばっちりを被っているのだけれど、それでも、私への配慮はとてもありがたく、心あるものだったと思うし、私は守ってもらったと思っている。途中、直接取り込みのコンタクトがあったけれど、私はオットのことを、大変誠実で、まっとうで、勇気もあると思っている。少なくとも、ご都合主義的に、日和見的に、内憂外患で、仮想的を創って結託するよりは、はるかに。(ごめん、君の親に対してきびしすぎました)
私がオットの真意を説明し、なぜオットが義母に対して猜疑的で警戒心いっぱいで、反発ベースの対応になるのか、を説明すると、義母はしぶしぶ電話を切ったが、オットに代わって言うべきことは言えたとは思う。
しかし、こんなことで気苦労を重ねなければいけないオットには、ほんとうに同情する。
オットの両親は、本当に気のよい、悪気のない人たちだけれど、人との距離感、自分の価値観と人のそれとの歩みより、特に自分たちの長男に対しては軽んじすぎる。それは、よくよく自覚的に見直すべきだと思う。あれでは、オットは気の毒だ。
このできごともまた、例のごとく「なかったこと」になっていくのかもしれないし、悪いことではないけれど、「なかったこと」にしてしまっては、あまりに不毛で不誠実だ。
せめて生きて元気な間に、オットがなぜかくも懐疑的で反発的にならざるをえなかったのか、その本当の答えに気づいてあげてほしいよ。
元気出してくれ、オット。私もこどもたちも、いつも君の味方だ。私たちは、どんな些細なことも、なかったことにはしない。
最近のコメント