オーストラリア子連れ旅(旅情編)
休暇あと 休む間もなく 仕事漬け (anonymous)
せっかくの家族旅行だから、思い出とか、葛藤とか、グチとか、楽しかったことなんかを、印象が瑞々しいうちに書き留めておきたいと思っていたのに、長休みのツケ(精神的にも物理的にも)を挽回しようと思っていたら、いつのまにか1ヶ月も経ってしまった。膨大な写真を見ると、大変だったと思っていた旅のいろんな場面が甦ってくる。みんな結構いい顔をして写っている。旅の只中では「大変ダヨ」と半泣き状態だった時ですら。まあ、そんな中でもカメラを向けようという精神的余裕はある瞬間が写っているわけだから、当たり前といえばそうなんだけど。夫も子2人も私も、表情は緩んでいるし、いい意味で「オージーチック」な感じは漂っている。旅って、帰ってきてみないとわからないこともあるんだなぁ。
シドニーの後半は、天候が上向いたこともあってマンリーという近郊のビーチへ。もっとメジャーなボンダイビーチもあったのだが、ここは乗り換えが多くて子連れにはけっこうアクセスが悪い。フェリーですぐ行けるということもあり、マンリーを選んだが大正解。中途半端なシティライフに飽き飽きしていた子どもたちも、海と太陽に飢えていた夫も息を吹き返した。ということで私も元気になった。無理してシティに止まらなくても、最初からマンリーに宿をとればよかったなぁと思う我々。物価もシドニーとは大違い。ローカルの家族連れも多くて、近くのプライベートビーチみたいなところも素敵でした。
でも、こういう写真に写っていないものもいっぱいあって、それは私や夫の記憶や印象のなかにしか残らないのだと思うと、なんとか片鱗だけでもとっておきたいという気持ちがある。子ども(特に上の子)は、おぼろげながら記憶にとどめていてくれるかもしれないが、大体にして、そういう記憶っていうのは、辛いことのほうが鮮明なんだよねぇ。
私が5歳の夏、両親と妹とともに奈良の寺巡り旅行をしたのだが、覚えているのは、蜃気楼が立つくらいの猛暑の奈良を、ひたすら歩かされたこと。アスファルトの道路と路傍の草ぼうぼうの原っぱ、足の裏が痛くて「ふざけんな!」とか思いながら不平不満を吐きつつ歩いたこと。妹はとっくにギブして、父に抱っこしてもらっていたが、私は歩兵となってついて歩いた。寺院に着くたびに父母は大喜びで、ご住職と談笑していたりしたが、苦行でしかなかったなぁ。で、最後にホテルに戻ったとき、両親に「さすが、えらかったね!」とベタぼめされて、アイスだかジュースを買ってもらい、いい気分になった。おかげさまで大人になった今、奈良はすごく親近感を覚える特別な場所になってはいるが、私の人生は日本美術にも仏教の美にもいまのところ交わっていない。そんなもんだよね。
娘も、やたらと歩かされた記憶とアイスクリームだけ鮮明に覚えているんだろうなぁ。
旅の後半は、子どもには旨味の少ないシドニーは早々に離れて、親(私)の本来の目的だった、田舎のワイナリーへ移動した。車を借りて、時速100キロでたぷり2時間。有数のワイン産地であるハンターバレーへ。日本にもかなりのオーストリアワインが入ってきているが、メルボルン郊外のヤラバレー、アデレード郊外のバロッサバレーと並んでかなり有名だと思う。本当はヤラバレーに行きたかったが、移動が厳しいし、シドニー周辺ということで決めた。それから、オーストラリアの楽しみといえば、やはり赤い岩肌の、かさかさした質感の大地を移動して、その広さ荒さを体感するというのがあると思うので、車で移動できる場所ということで。オーストラリアは法制度も英国式だし、交通法規も日本とほぼ同じなので、運転に慣れていればとても気持ちよく走れる。徒歩ライフにほとほと疲れていた娘は、車をみてとても喜んでいた。そして、乗った瞬間にコトンと眠った。狭くて音だけは大きいのわが家のパンダと比べて、当地の車はゆったりとして静かだったので。ははは。
そういえば、シドニー滞在中にも車を借りて、近郊の名所「ブルーマウンテン」へ足を伸ばそうと思ったのだが、ちょうど猛暑と乾燥によって大規模な山火事が発生しており、とてもじゃないけど行ける状態ではなかった。ハンターバレーのほうはどうだろう?と思いながら、シドニーのビジターセンターで聞いてみたが「特にそういう話は聞きませんね」ということだったので、そのままハンターバレーの宿も予約していった。今度は多少値が張っても、ということでアパートメントタイプの宿に妥協はしなかった。日曜から木曜まで5泊したことで、価格も抑えられた。シドニーのVCの人には本当にお世話になりました。
Thank you very very much, Sally!
ハンターバレーは、シドニーっ子には小旅行の先として、すごく人気のあるデスティネーションらしい。ウェディングレセプションのメッカでもあるそうだ。ワイナリーやセラーが集中している集落を中心に「村」みたいになっていて、瀟洒でセンスのよい宿も多い。日本のガイドブックには触りしか載っていないけど、ここはオススメです。日本で言うと、軽井沢とか八ヶ岳とかという感じなのだろうか。それに勝沼とか甲府の感じがプラスされた感じかな?周辺には高い山がなくてスカイラインが滑らか、空も広い。ぱっと見るとフランスの農村みたいにも見える。開けているので、野生のカンガルーやワラビー、ウォンバットも出没する。
私たちが投宿したのはヴィラタイプのサービスドアパートメント。ワイナリーが併設されていて、なだらかな丘陵地の斜面に広がるブドウ畑に、農業用池兼用の池が点在し、農作業用の馬が放牧されているような、本当にのんびりした美しいところにある。
そして何より近隣にワイナリーがいっぱいあって、ほぼどこでも、それぞれに醸造していたり、ストックしている当地ワインの無料テイスティングができること(これが目的なのだ)。お金を出して全部を呑み比べることはできないけど、一口ずつ、値段を気にせずに気に入ったものを選べるというのがこんなに幸せとは!しかもどんなに高くても1本5000円程度。ああ、極楽。で、好きなものを2~3本買っては部屋に戻り、テラスで飲む。キッチンで飲む。夕食後に飲む。1本1000円台なので、1日3本のペースで飲んでも悪酔いしないのは、陽気のせいか精神のせいか。テラス前は、ヴィラの敷地内だし、ただの原っぱなので、子どもはひたすら走って嬌声をあげていればいい。親子ともに天国。うちの子供は葉っぱとか枝とか、ありんことかで十分楽しめるタイプなので、たまに一緒に歌を歌ってやるか、敷地内のプールに一緒にハイってやれば満足してくれる。お腹がすいたら、パスタかそうめんをゆで、トマトとチーズか生ハムを切ってやればそれでハッピーなひとたちです。
そうそう、ついでにいうとワインはもちろんこと、チーズがことのほか美味しい。これは本当に発見。酪農が発達しているから当然といえば当然だが、東京で食べられない美味として記憶にとどめておきたいもののひとつ。ブルーチーズやウォッシュタイプのものは、ほんとうに健康で味わい深いおいしさでした。それから生ハムやスモークハムも。安くて美味しいということの幸せよ。甘露甘露。かつてオーストラリアに来たときは、フランス人移民のシェフが「内緒だけど、オージーフードはグッドプロダクツ、ノットグッドフードね」と言っていたことを思い出す。食材が美味しいと、あまり工夫しなくなるンかなぁ…?
一番気にいたのはVelderhoというぶどう種を使った白の新酒。フルーティでフレッシュなのにきりっとしていて微発泡。暑いオーストラリアの昼にはぴったり。日本では聞いたことがなかった種なのでお土産に、と半ダース買い求めたが、日本で飲んだら水みたいでびっくり&がっかり。沖縄でオリオンビール飲んだら美味しくて、東京でも!と思ったらありゃりゃ、みたいな感じでした。やっぱりご当地ワインってあるのね。
現地は20時が日没だったので、昼間も長く、テラスやポーチで夕食をとり、部屋に入ってのんびりすると眠気がさす、という理想的な時間だった。やること(イベント)がないので、ご飯をつくるのも苦にならず、1週間分買い込んだ食糧を滞在中にいかに上手に使い切るか、みたいなことを楽しんだり。(生協で1週間まとめ買いして下ごしらえし、週内に使い切る、という東京での生活スタイルがこんなところで活きた)あと、2口しかない電気コンロでどうおいしく作るか、とかね。キャンプみたいでした。
息子は、HVで2歳を迎えた。まっずいケーキでお祝いした。
街のスーパーマーケットで買った、一番おいしそうなシンプルなケーキ。なのにまずかった。あんまりまずくてびっくり。なんで見た目がチョコなのに塩味なのか?だれか教えて欲しい。ケーキカットしたものの、だれも完食できなかった。
息子は駆け足で2歳になった。嬉しくもあり、悲しくもあり。でもありがたい。
娘の時は喘息やらアレルギーやらで2歳までは長く、大変だった。やっと落ち着いたと思ったら下の子を授かった。でも息子にはそんな感慨をもつゆとりもなかった。でもとにかく、2人は元気に大きくなってくれていて、こうして家族旅行できている。ありがたいことだ。それしかいいようがないなぁ。夕食後、夫と来し方行く末をゆっくり語り合うつもりだったのだが、この日もワインに負けていつのまにか寝ていました。
シドニーに戻ろうという日の前日になって、ハンターバレー近郊でも山火事が勃発。ニュースでも連日各地で山火事が発生していることを報じていたのだが、まさかここHVでも!と、夫と共にちょっと心配した。だって、その日は朝からなんとなくきな臭いというか、焚き火をしているにおいが漂っていて、「ねえ、なんか煙くない?」という夫の話で、俄然現実味を帯びてきた。TVをつけると、数十キロしか離れていない隣町で山火事がすごいらしい(!!) で、車に乗って、遠方が望める場所まで行ってみると、確かに隣町とを隔てる低い山からすごい煙が昇ってる!!!!
あれれ。明日シドニーに帰るには、山を通らないといけないんだけど(汗
にわかに緊張が走る私たち。明日シドニーに帰れないと、あさってが帰国日なんだけど。と心配しても仕方ないのでしばらく静観していると、空がごろごろ言いはじめた。山火事の業火で「雨乞い」状態になったらしく、空に雨雲が立ち込め始め、すごい雷鳴が聞こえ始める。山火事の次は雷か。しかし、すごい雷の音。雷が大嫌いな上の娘は室内で小さくなり、母と息子はテラスで、ダイナミックな雷鳴に興奮。父はワインの呑みすぎでいびきをかいていました。
オーストラリアはユーカリの木が多く、ユーカリは揮発成分が多いらしい。さらに乾燥と40度近い猛暑、それに木々の枝が摺りあうような風が吹くとてきめんに自然発火・延焼するらしいです。道端には「山火事危険度バロメーター」が設置されており、この一両日は「非常に危険」を指し示していた。シドニーに戻る日、私たちは昼まっさかりになるまえにHVを脱出しようと早めに宿をチェックアウトした。昼前にはシドニーに戻れるはず。だったのに
今度は夫が道を間違え、すごい山奥に入り込んだ。
ここはどこだ?獣道みたいになってるぞ。慌ててUターンし、もう一度町から振り出し。結局山道を抜けたのは昼前。いやあ、山火事にビクビクしながら後にしたHVでした。シドニーまでのフリーウェイは素晴らしかった。護岸工事も不要な、磐石なオーストラリアの岩肌。それを切通しただけの高速道路は、映画のセットのようでもあり、その乏しい土壌にちょろ毛のようにはりついて生える低木林が健気だった。植物にとってはあまりに過酷な生育環境のせいか、生物多様性とは無縁のような景観。そのぶん、むき出しの地形のダイナミズムや乾燥した素っ気ない質感が迫ってくる。熱風にさらされて自分の水分が失われ、よい意味でかさかさになっていくような気がして、オーストラリア版デトックス、という感じがしました。潤いなし、迷いなし、気負いなし、みたいな。
シドニーに戻ったとき、あんなにつまらなかった街、たった1週間しかいなかった街にも関わらず「帰ってきました~♪」という気分になったのも、思わぬ拾いものだった。子どもたちも「橋(ハーバーブリッジ)だ!屋根(オペラハウス)だ!」とはしゃぐ。夫は高速道路を無事に降りられるかどうかに集中している。最後の宿は、最初のモーテルにした。最後くらいいいところに、と思ったけど、モーテルのひとたちがとても親切だったので、この際、最後までここでいいや、と。モーテルのおじさんは息子の誕生日を覚えていてくれて、お祝いしてくれた。
最後の夜、相変わらず高くて不味いシドニーの夕食だったけど目をつぶり、フェリーから夜景を眺めて、みんなでさよならをした。カメラのバッテリが、肝心のところで切れて、尻切れトンボになったところも、この旅行らしかった。娘に旅の感想を求めると
「早く保育園に行きたい」と一言。
まだまだ感情が不安定で、日によって保育園に行き渋ることもある気分屋さんの娘だが、心境の変化があったらしい。気持ちが東京の日々に向いている、それも前向きに描いているのなら、この旅行もちょっとはいい旅だったのかナ…などと思った父母でした。
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