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2012年12月10日 (月)

暮れ行く2012年

今年も残すところあと3週間。

気づけば6月から更新していなかった。
仕事の絡みでtwitterとFacebookを始めてから、そして日々の他愛無いことを書き綴る「ラク」をしはじめてから、こちらは完全にお留守になった。
子どもたちは今年の9月に、私たちの母校に揃って編入した。そのことで、保育園時代から一緒にいろいろ支え合ってきた仲間と、日常は時間を共有しにくくなった。
そういうこともあって、「日々のあれこれ」を世間話的に共有しあうためにtwitterを使うことが多くなった。
facebookで子どもの写真や固有名詞を共有する間柄の人はいいのだが、そもそもSNS自体に抵抗感がある仲間も少なくないので、そういう人たちとは相互交流ではないけど、こちらから「今日のわたしたち」「今のわたし」的に状況を知らせるくらいがちょうどいい。
本来のSNSのありかたとは違うのだろうけれど。
あるいはつねに複数の異業種のクライアントと並行して仕事をしているために、各方面に対して「今日は●時までオフライン」と周知したり、それとなく「忙しいので今は無理」とお伝えしたりする簡易掲示板としても便利に使っている。
そういうことをしていると、日々、自分の中に「溜め込む」ということがなくなる。だから吐き出さなくてはいられない何かもなくなる。

長時間集中して、常になんらかの文章を書いているのが当たり前になっていると、よほどのことがなければ長文を書き連ねる余力はない。
あと、忙しいのと、40の声を聞いて体力がめっきり落ちたこともあり、時間ができたら家族でゆっくりしたい。日常後回しにしている衣食住の手当に没頭したいという方に気持ちが向いてしまうから。
でも、これは精神衛生上はとてもよいこと。
実際、若い後添いを娶って、妹は帰る実家をなくし、盆暮れ正月は私の家(元旦はオットの実家)でともに過ごしている。今年はかれこれ3回目。私の中では父と、私の生まれ育った家庭はもう過去のものになっているが、妹はまだ葛藤の中にあり、ときどき母を思って泣く。

私のほうが冷たいのだろう。戻らない過去を追いかけてもしかたないし、そもそも思い違いだったのかもしれないし。
前を向いていかないといけないと思っている。

でも、ムスメやムスコには、私の子ども時代と同じ思いはさせたくない。親とその親との「先代の軋轢」に巻き込みたくない。「いまは幻になった親子でも、かつてはいい時代もあった」ということを、ちゃんと伝えたい。
偏狭な人間関係など、私の代で終わりにしたい。そう思うから、いろいろなことを飲み込んで、ともかくも盆暮れの挨拶だけは、私からは続けようと思い、ささやかな贈り物を重ねて来た。
去年の秋に、母方の祖母が危篤になったときにも、その後添いを伴ってホスピスを訪れたのだということを、おばたちから聞かされた。
先立ってすぐに、若い後添いをもらい、それを伴って瀕死の亡妻の実母を見舞ったということに、「過去のことだ」とうそぶきつつも、さすがに私も絶句した。
でも、まあ、もはや自分の幸せで気持ちがいっぱいなのだろう。それはそれで、志方がないと思い、特別の感情はおこらなかった。
が、今年に入って、ムスメの誕生日にも、ムスコの誕生日にも、何の祝いもメッセージも届かなくなった。もう憶えてもいないし、そもそも関心は失せたのだろう。
孫のことだけは別だと思っていたが、どうやら私の勘違いだったらしい。
細くでも、長く続いたほうがよい、断ち切らないほうが子どもたちのためにもよい。そう思い、父が喜ぶだろう歳暮菓子を先週贈った。
が、ごていねいに、メールと電話で二重に拒絶の連絡がきた。余計なことはしてくれるな、と。
はい、了解。それならそれで、もう贈りません。
と言いたかったが(今でも言いたいが)、そこでやめてしまっていいものかとも思う。ムスメやムスコは「もう僕たちのことは忘れちゃったんデショ」「約束守ってくれなかった」とあきらめ顔でクールに振る舞っているが、内心傷ついているようだ。
「ババがいなくなって、すぐに知らない女の人とあの家に暮らすなんて、嫌」と言っていたムスメは、自分から父のことは話さなくなったが、この季節になるとやはり思いは複雑のよう。
せめて祖父としての愛情と絆は保つ努力をするのでは、と思っていたが、やっぱり思い違いだった。それは少し寂しい。
何はともあれ、暮れ行く今年、このブログももう更新しなくなっていくだろう。

ただ、ここに書かれたすべては、30代の私と、私の家族をめぐる一時期のほんとうの気持ちが(ぶれたり揺れたりしながらも)書き付けられているので、来年はハードコピーを冊子化して、子どもたちに残しておこうと思う。
もともとは、自分の遺書代わりに書き始めたものだから。
いつかさらに自分たちが年をとり、老い、弱っても、30〜40代、子育てと親の問題に直面しながら、必死で生きてた時代があったことを忘れず、自分たちが噛み締めた思いを肝に銘じてその日を迎えられるよう。
恥ずかしいけどちゃんととっておこうと思う。

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