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2011年3月 8日 (火)

死ぬかと思った…

2月末から先週1週間、胃腸炎で母子3人揃ってノックアウトされ、完全にダウンしておった。

剣道の昇級試験に父子3人で合格し、おめでた気分で「焼き肉〜」などと浮かれた日曜日。ちょうどよい天気だったこともあって、窓を開け、宵風を部屋に入れながら、新鮮なモツをホットプレートで焼いて「もう春だね〜」などといいながら。

明けて翌日は寒い寒い雨の月曜日。なぜか朝食を食べる気がせず。まるで二日酔いのような腹具合。子どもたちはいたってふつう。

ムスコを保育園まで片道35分(いつもの3倍)の時間をかけてのんびり送り届け、帰りにベーカリーでパンでも飼うかな…などと思ったものの、まったく食べたいものが頭に浮かばず。(こんなことは滅多にない。もともとストレスが食欲に向くクチだし)

帰宅して、パンとスープをクチにしたとたん、猛烈な嘔気が。生唾あふれ、動悸が。この感じはどこかで…? あ!悪阻だわ!!と思った瞬間、トイレに反射的に駆け込んでおり、あとは割愛。

それからは、猛烈な眠気とだるさが襲って来て、まるで胃袋の中にセメントを流されたような感覚。
どうにもならず、ソファに横になり、泥のように眠るも、たびたび嘔吐の兆しで飛び起きる→厠へ飛び込む→ソファへ倒れ込む、の繰り返し。そのたびに、消耗していくのがわかる。

気づけば午後15時。ムスメが帰宅。ダウンしている私の事情を知るや「なんか、私も気持ち悪い…」と。気分に左右されやすい子なので、「またまた〜」と話半分で見ていたが、眼がとろんとしている。
おやつも食べたがらないのが、何よりおかしい。

最近復活した「お灸ブーム」(かつては、たいていの不調はお灸で対処していたほど、私には効く治療法。チビたちが産まれて、喘息がひどかったのでここ10年近くはやってなかったけど、最近復活!やっぱりすごいです、お灸は。)で、不調のツボを手当してあげようかと思ったら、咳き込むと同時に、噴水のように嘔吐。泣くムスメ。(彼女は吐くのが何より苦痛のようでいつも泣く)

吐瀉物の後始末をして、消毒もして、パジャマに着替えさせ、お腹をあたためて横にさせるが、ぐったりしてる。

夕方、オットとともに男性専用理髪店初体験で、意気揚々と帰って来たムスコが、ダウンしている女二人を見て「どうしたの?」と。事情を説明すると、やおら「僕も気持ち悪い。頭痛い」と言い出す。「なんだよ、お前もか〜?」と話半分で聞きつつ、一応自己申告を尊重して、パジャマに着替えさせ、念のために、洗面器に新聞紙を引いてそばに置いておく。「お口の中に唾があふれてきたら、吐いちゃう前兆だから教えてね」と言うと、「あ!唾が…!!」と叫ぶ。

「え〜?」と半信半疑ながら、口元に即席膿盆を持っていくと、おもしろいくらいに、「ピュー!」と嘔吐。おんなじパターンすぎて、笑ってしまった。オットは絶句。

吐いたら、ふたりとも完全にグロッキー。

出張を控えているオットにはなんとしてもうつさないようにせねばならないので、母子3人でダブルベッドに「小」の字に並んで寝る。翌日もみんなグロッキーing。たまたまオットはオフだったけれど、小間使いよろしく、看護に家事に追われて気の毒。

とにかくみんな水も受け付けないので、脱水症状が心配。特に私は頭痛とめまいが激しくて起き上がれないのだが、脱水症状の前駆症状なのかなーと不安に。

まず最初に回復したのはムスコ。ムスメも、2日目にはなんとか持ち直す。ポカリと塩分強めの梅醤番茶を交互にちびちび飲んで、なんとかしのげたようだ。2日目夜には、ムスコは四分粥に塩から目の梅干しで食事ができるまでに。ムスメも、食パンの白いところだけなら食べられている。

わしは、完全にダウン。胃袋も腸もカチカチなのが、おへそまわりを触るだけでわかる。枕の上で頭の向きを変えるだけで、頭痛の玉がゴロゴロ頭蓋内を移動するかのように激痛とめまいに苛まれる。水分を一口飲み下すたびに、胃袋がキューッと痛んで、すぐに吐いてしまう。

それでもこの夜は、初めてのおつきあいの催しに招待されていて、這ってでも行かねばならない夜。ほんとうについてない(泣)。背中の曲がった老人のように、前屈みでヨロヨロと着替え、雨の中タクシーを拾い、会場の渋谷まで。

体調のことさえなかったら、どんなにかすばらしい催しだったろうに! ブッフェの料理の匂いや、アルコホールの匂いが鼻から胃袋へと侵入してくる。強いライトが頭痛を誘発する…嗚呼。(別に義務で参加するような会ではなかったのだけれど、どうしても!!という日だったのでね)

挨拶もそこそこに、またまたタクシーを拾って、倒れ込むように乗車。道順だけお伝えして、気づいたら玄関前だった。眠気? 気絶? ベッドで転がり込んで、こんどこそ気絶。

3日目は子どもたちは、もう復活。でも、予後観察(感染性だといけないので)のためもう一日在宅療養。わしは、相変わらずひどい頭痛と胃痛で半死状態のまま。しかし、チビらは元気だけがありあまっているので、嬌声をあげて室内で大騒ぎ。ドタマが割れそうに辛い。気持ち悪いし、お腹痛いし。水を受け付けなくなって3日目。完全に脱水症状が出て来たので、近くの小児科(母親も診てくれる)へ泣きついて、輸液をしてもらう。不思議なくらい、頭痛とめまいがラクになる。

が、相変わらず消化機能が全滅。でも、毒出しの意味でも薬は使わないほうがいいそうだ(出せるものは出したほうがいいらしい)。少し経口で水分摂取できるようになってきたので、梅醤番茶(かなりしょっぱめ)を少しずつ飲みながらしのぐ。夕方にはやっと、カレー南蛮の汁だけ飲めた。

ムスメの妊娠中、妊娠悪阻があまりにひどくて、やっぱり点滴を受けたのだった。少し軽快した時に、やっと口にできた唯一の食べ物が、カレー南蛮の汁だけだった。オットが毎日出前をとって、汁だけ私にくれて、麺と具を片付けてくれていたっけね。もう9年前の話。9年経って、悪阻じゃなくて胃腸炎でも、胃の不調に適した食が変わっていないのがおもしろい。この日やっと、ぐっすり眠れた。

4日はPTA役員の引き継ぎがあって、重い体を引きずるようにしてムスメの学校へ。弱っている時に限って、最も苦手な「上級生のおかーさん」の自慢話を聞かねばならなくなった。勘弁してほしい。弱り目に祟り目。ティナ・ターナーみたいなお鼻からいっぱい鼻毛が出ています。口角泡飛ばして「学校のことも、世の中のことも、全部私が知ってるのよッ」というオーラを放出している、口から生まれた口子さん。弱った身には、毒がきつい…。ただただ黙って、御説拝聴し、うなづいて、時間が過ぎるのを待つ。

そのまま、次年度メインの仕事のキックオフMTGへ。年度末でみな忙しく、日程調整がきかなかった…。出されたコーヒーが飲めない。匂いもダメ。エレベーター内に充満するフレグランスやポマードの香りも堪える。悪阻かよ、と。

4日目に至って、やっと固形物が食べられるようになったものの、コーヒーとアルコールは相変わらず想像するのも嫌、というありさま。緑茶も辛い。飲めるのは、ほうじ茶かカモミールティーだけ。おばあちゃんみたいだ。

どうせなら、このままやせればいいのに。

と思ったが、なんとか復調した5日目、私のからだはどこもサイズダウンしていなかった。悲しい。いったい何の為に絶食状態になったのか。2〜3キロ痩せてくれてれば、苦労の甲斐もあったというものだろうに…。

1週間ぶりに顔を合わせた仕事相手に、「死ぬかと思いました」と言ったら、「そんなふうには見えませんよー、全然変わってないじゃないですかぁ!」と笑って突っ込まれた。ヒドい(ToT)

けどたしかに、どこも減ってないし、痛んでない。健康そのもの。「ズル休みして旅行でも行ってたんじゃないの?」と笑われた日には、泣きました。苦しみ損。1週間たった未だに、ビールもコーヒーもおいしくない。このまま、やせ細りたいよ。本当に死ぬかと思うほど苦しかったんだから…。
(以上、愚痴ログ)

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