1学期の終了間際になって、ムスメの気持ちは少しずつ上向いて、笑顔が多くなり、学校にも渋らずに行くようになった。もちろん、寝る前や、起きる前のベッドのなかでは「学校行きたくない~」「めんどくさい~」と、口ではこぼすけれども、「そうだよね~いやだよね~」と言うと、それでおしまいになる。「学校には行けそうもなかったら、はっきり言うんだよ」と言うと、「いや、それほどでもない。」と自分からゴネゴネに幕引きするようになった。
「愛情不足です」事件から10日あまり。意識的に自分たちの言動に留意するようになったわけなので、ある程度は効果が出ているものと思うけれど、夏休みまでカウントダウンに入った高揚感などもあるだろうし、これで万事解決とはいかないと思ってます。
基本的に、私自身の中にある狭量さとか、ある種の呪縛みたいなものが作用していると思うので(根拠はないけど、確信があるので)、こうしたムスメの変化に因らず、カウンセリングは受けてみた。
都内某私立大学院附属心理相談室でインテーク面接。はじめてのカウンセリング体験。
まずはムスメの生育歴や、私の子育てにおける心理的エピソードの確認。90分、みっちりと記憶をさかのぼる作業というのは、本当に心身を消耗するんだな、ということがわかった。とにかくくたびれた。しかし、記憶の狭間に埋もれていた(埋葬していた)いろんな出来事に気づく経過は、意味のあるものだった。
これは初回面談で、ここから今後の方向を探っていくものだったので、ほんとのイントロダクションというか、概括という感じだったのにもかかわらず。濃い。だからしんどい。たぶん、面談に向かう相談者(この場合私)の気持ちのありかとか、強さによるんだろうが。
で、概括の結論=方向づけからすると、やっぱり私の予感は当たっていて、自分のなかにある何らかの不安が、他に比して非常に感受性の強いムスメとの共鳴を起こしていて、その娘の素直な反応を見た私が、自分自身のなかにある「認めがたい何か」を刺激されることで、またネガティブな反応(態度とか、感情とか)を誘発されている、という悪循環に陥り始めている可能性が高い、と。
不安の強い母と、感受性の強い娘との構造から生まれる、望ましくない相互反応の環。だから、その都度、自分の態度やムスメの反応に心を痛め、反省をしながらも、時間が経つと、異相同根の葛藤となって表に出てしまうのではないか。それはある意味不幸(=そういう言葉は使わなかったが、お互いの愛情が交換できていないという意味)で、早めに、私自身が気持の整理をつけて、「私は私。ムスメはムスメ。自分の人生は自分のもの。(ムスメ以外の)他人の人生は他人のもの。」というふっ切り方ができないといけないそうだ。
「しんどい作業ですね。覚悟してはいたけど、自分の見たくない部分を直視しなければいけないっていうのは、辛い。でも、このままだと子どもの人格や人生をゆがめてしまうのでは、と思うともっと怖い。」
と、担当カウンセラーに正直に不安を打ち明けると、
「それでも、●●さん(私)のレベルの内的葛藤っていうのは、通常の大人なら、”なかったこと”にする程度のレベルです。そこに眼をそむけないで、(眼をそむけることは、子どものためにならないと覚悟を決めて)わざわざ自分から心理室に足を運ぶ、というのは、私は大変勇気があることだと思うし、敬意も感じます。時間をかけてもいいので、ご自身で、御自身の理解が深まり、腑に落ちるところまで、気が済むまで向き合っていいと思います。それに耐えるだけの力が●●さんには、あると思います。全力で支援します。」と。
そう言っていただいて、ちょっと勇気づけられた。
これから継続的に通うことになるのだけれど、これは、大学院に進む選択の上でも重要な経験だと思う。自分自身の内面にきちんと整理をつけたうえで、”他”のことを考えるのでなければ、結局、自分の葛藤や不安の解消先を、他の対象にすりかえるだけになってしまうし、それはある意味不純でもあると思うし。
しばらくは、カウンセリングの内容については日記に書かないで(公開しないで)おこうと思う。面接を受けた自分自身の変化や感想は記録しておきたいけれど、そのことで、カウンセリングの内容そのものが変質してしまうのが嫌だから。カウンセラーに守秘義務があり、面接室の限られた時間と空間の中だけで、私と対峙することに集中するの同じように、私はクライエントになるわけだけど、簡単に口外したり、総括したりすることで、意味を捻じ曲げてしまうのが怖い。どんなことも、言語化すると意味が変わる。それが整理や浄化になることもあれば、簡単に整理や浄化してはいけないこともあるだろうと思う。
1回1回を大切に。でも、全体をもっと大切に。
夏休みは、特に大きな予定を入れていない。
隔年開催される、ムスメのバレエの発表会の表年なので、ピンポイントでレッスンが入ってしまうこともあるし、いろんなことがあった今年の1学期の疲れを、ほんとうの意味で癒したり、リフレッシュしたりすることに集中したいから、2泊3日の海水浴とか、祖父母宅への子供だけでのお泊りとか、その程度の予定に終始。
武士マニアであるムスコのために、オットが探してきた隣接区の剣道クラブに、ムスコもついに通い始めたわけだが、たまたま見学に行ったムスメも大変なはまりようで。(体験稽古をつけてくださった年配の男性との相性がよかったりとか、道着や防具がカッコイイとか、りりしい女の子が多かったとか、理由はいろいろだが)何より、お作法がしっかりしていて、優雅で厳粛なムードがあるところや、発声や勢いのある踏み込みが必要な「発散系」であることが魅力だったみたいだ。
ムスコは「やっとできたオレの世界に、ねーちゃんが入ってくるな!」と憤懣やるかたない顔だったものの、実際に稽古が始まると、ねーちゃんばかりお手本にしてやっている。今はもう文句は言わない。しかし、所詮4歳半のチビなので、竹刀が上がらなくなってくると座り込む
。竹刀で師範に浣腸をする
。隣で居合の練習が始まると、自分の稽古そっちのけで(仲間にお尻を向けて)そちらに釘付けになる
そんな姉弟を見た先生方は、ムスメとムスコそれぞれにサシで稽古をつけてくれた。ムスメには、基本の型や仕草をていねいに教えたあと、大きな声を出して打ち込む練習を。(いきない面や小手を打たせるのには驚いた。ムスメもかなりテンションが上がっていた)礼に始まり、礼に終わる。美しい所作は、すべての基本。…的な仕込み方は、ちょっとバレエの世界にも通ずるものがあるのか、かなり気分は女剣士な感じだった。声も出ていたし、飲みこみも速くて、練習が終わると頬を紅潮させて意気揚々と戻ってきた。
ムスコはといえば、どんなに無礼なことをしようが「お前~やったな~」と笑って許してくれる先生方に気に入られ、可愛がられて、やる気をそがれず、しかし、決めるところはきちんとやれ、と指導されて、彼なりについていこうと頑張っていた。うまくいくと、こちらをちらっと見てはにやりとする。やっぱり、親の目は気になるらしい。うるさいことを言わなくても、自分と同い年の子や女の子が、一心不乱に稽古しているのを見るのは刺激になるようで、おふざけの深追いもしないのが不思議だ。末っ子らしく甘やかされて、愛称で呼ばれていた世界(保育園でも一緒)から、苗字で「●●クン」と呼ばれる緊張感もいいらしい。
「剣道の稽古は決して面白いもんじゃないので、とにかく、毎回道場に来る(来たいと思う)ことが大事ですよ」というポリシーのもとで指導をして下さっているそうだ。なるほど。
そういえばバレエも「発表会がなければ、モチベーションが保てません。バレエは本質的に自分を追い込む世界なので、日常のお稽古に意味を持たせるためにも発表会は必要なんです」といわれたことがあった。
今やっていることの積み重ねの先にあるものを想像する力は、まだ子供のときは弱いと思うから、先生方の言っていることは正しいと思う。「やっていたら、いつの間にか続いていた」という風に付き合えるようなおけいこが、子どもにはちょうどいいのだろう。
夏休み、二人にはこんな風にして、「やってみたら面白い」「がんばってみたらできた」「自分には意外にこんな力があった」ということをちょっとずつ発見して行ってもらえたらいいなと思う。別にお稽古ごとでなくて構わないので、プールで一緒に泳いでみるとか、料理をひとつ覚えてみるとか、夏休みの目当て(目標)を完遂してみるとか。
ふだん時間や、他人のリズムに追われている生活だから、9月に戻せないほど崩すのはご法度だけど、少しくらい「時計やチャイム、アラームのない生活」を味あわせてやりたいと思う。家族との時間にケチにならないように、ということも大事かなと思う。
子どもが自信を取り戻して、気力に満ちて2学期を迎えられるようにすることと、親自身も、自分たちの内面に整理をつけて、すっきりと暮らしに迎えるようにすること。
今年の夏休みの目標は、そういう整理整頓と、活力充電に充てたいと思う。
#ETSの術後2週間を過ごして、の結果は以下の感じ。
○代償性発汗は、やっぱりアンダーバストから鼠頸部にかけては、この暑さだと結構多いかな。一番多いのは、胴周り。これは、35度近くになると、おなかと背中の中央部にハンドタオルをはさむか、チューブトップを1枚プラスしないとまかなえないくらい、汗をかく。脇腹は大したことなし。どっちにしても、ぴったりした服は危険だけど、別に以前からそうした衣服は着ないし、チュニックや麻素材のトップスにすれば大丈夫。
腿の裏は、若干汗ばむけれど、淡色の麻で速乾性のある素材か、濃い目のデニム素材、あるいはフレアースカートなどを履いていれば、汗染みが出るようなことはない。
首筋はうっすら汗ばむけれど、べたついたり、玉の汗が流れ落ちるようなことはない。
顔は、中心部(毛穴が多いところ)と眉毛、生え際は多少汗ばむけれど、以前に比べれば雲泥の差。頭皮は汗はほとんどかかないかな。
脇の下、デコルテ、腕も掌もまったく汗をかかないので、ノースリーブやストラップショルダーは問題なし。(胸の谷間と、ブラのバックホックのあたりはうっすら汗ばむ)
足の裏も、まったく汗をかかないことはないけれど、汗で滑ってサンダルやミュールが履けないようなことはない。
そんなわけで、QOLというか、社会生活上から考えると不自由はほとんどないといえる。心配された上半身の火照りやうつ熱も気にならない(たぶん、うっすらと汗をかくからか)。
足のむくみはまだ気になる(もともとむくみやすい体質が進んでいる気がする)。特に、昼間ビールを飲んだりするとてきめん。朝起きると、二の腕にシーツのあとがついている。すぐとれるけれど、水分代謝機能が落ちているのかな。トイレも若干近くなった気が。前が間隔をあけ過ぎていたのだけど。食欲や便通は問題も変化もなし。むしろ、やたらと鳴っていた胃腸の機能亢進が落ち着いて、快調。これは因果関係不明ですが。
体質的には、お酒に弱くなった(おいしくなくなったので、飲みたくなくなる)。お酒を飲むとむくみやすくなるし、ビールをコップに1杯で十分。
味覚も少し変った。前はあまり好きじゃなかった麦茶や創健美茶みたいな「ゆるーい」味がおいしく感じる。でも食生活は前と変えていない。
自転車での移動など、日常的な運動でも問題や不快は感じていない。
いまのところ、一番不快・不便を感じているのは、右腋窩周辺のしびれというか、痛みというか。一昨日までは、乳房(乳腺)と乳頭の痛みがずっと続いていて、自転車など震動が響くと痛かったのだけど、月経開始とともに消えた。これは、黄体ホルモン期の痛みと同質のもので、時期も重なっていたから、きっとそのせいだろうと思っていたので、時期が来るのを待っていたし、不快だけど心配ではなかった。
背中の痛みも先週からほとんどなくなった。たまーに、角度によって、筋肉痛みたいな感覚はあるが、気にならない。でも、右脇の下から肩甲骨にかけては、局部的に皮膚感覚が鈍くて(若干軽快しているものの)、右乳腺も手で軽く触れると痛い感じがある。洋服の「アームホール」にあたるエリアは全体に、痛いような、しびれているような、つれているような不快感が残っている。
なんとなく、「このまま」という感じはしないのと、ゆっくりながらよくなっているので、時間の問題かなとは思うけど。
日常生活に支障はないし、全体として満足度は今のところ高い。さらに観察継続。
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