オット、ダウン。
ついにオットが熱でダウンした。
先週末のムスメの運動会では、にわか雨に振られ、びしょぬれに。それがたたったか。
ここのところ、私の針路変更に伴って、家庭にしわよせがいかない範囲で「外貨獲得」をするべく、さまざまに求職・営業活動をしていたにも関わらず、景況と年齢などがネックとなって難航。そもそも、母の入院看護を最大限私に保障してくれていたことを考えると、オットもまた半年近く不眠不休に近いかたちで献身的に協力してくれていたのだった。
体力(だけには自信)があり、どんな細かいことも「やる」と決めたら、頑なにやりとおす几帳面な性格ゆえ、手を抜くこともなく、家事・育児・会社の庶務・犬の世話などなど、ありとあらゆる「日常茶飯事」を引き受けてくれていた。
母の死後、私がほんとうは虚脱状態なのにもかかわらず、実家の実務系に奔走している間も、何も文句を言わず、ふ抜け状態には目をつぶり、八つ当たりも黙ってやり過ごしてくれていたのだった。
「生き方、働き方を変えたい」と、無碍なお願いをしたときも、内心、「いまさらそんな」という思いはあっただろうに、「納得がいくようにしていい」とだけ言ってくれた。が、やっぱり先行きには不安もあっただろうと思う。
そういうものを全部引き受けて、貯め込んで、やっぱり引火しちゃったんだなぁ、と思って申し訳なく思った。我慢強いから、相当に甘えてしまったんだと思う。ごめんなさい。
今日、仕事上の「パートナー」としていろいろ気にかけてくれている人と、今後の仕事のしかたについて話合った。
私としては、これまでの仕事を軽視するつもりは毛頭ないけれど、後半生を捧げて打ち込みたいと思うことが他にできたこと。そのためには大学院に通って専門教育をうけ、やがてはその方面に進みたいこと。これまでのように仕事にフルコミットメントしながら両立できるほど甘い世界ではないので、軸足を変えたいこと。そのために夫婦(会社)で相談のうえ、さまざまな努力でなんとか実現させたいこと、などを伝えた。
相手からは、「今は大きな判断をするには時期尚早であること」「完全な針路変更は、もう少し基盤が整ってからでも遅くないこと」「部分業務への復帰でも十分であるが、ランニングで”できることの範囲”を徐々に広げて戻してはどうか」「子どもの教育費や、老後のことなど、もう少し慎重に考えて、両立の方向を探るべきであること」「稼働効率の点から、夫婦の働き方を見直してみたらどうか」などをさまざまに提案され、説得された。
それはとてもありがたいことだったし、「好きにすれば?」と突き放され、切り捨てられることがいいとは思わないけれど、私たち夫婦(我が家)が、どのように生きていきたいか、とかどのような価値観を持って人生に臨むか、ということについては理解されたとは言い難かった。生活の規模・レベルを落としてでも、質的充実をとりたい。それだけの大きな転機なのだ、ということの真意は理解してもらえなかったようだ。
私はオットや子供たちに無理をさせて、体やこころを疲れさせてまで、かつてのように高速回転で働いて生活を維持することが幸せだとは思わないし、その分は自分自身で「動力源」として頑張って稼げばよい、と思ってきたこれまでの考え方を、今度のことを機に改めたわけだから、経済性、有用性、効率性、生産性といった指標だけで、働き方や家計について再考するつもりはない。どんなに私たちの行く末について忠告されても(大変ありがたいことではあるけれど)。「元に戻る」ことができない、というのはそういうことなのだ。
誰かが無理をして、倒れるような暮し方はしてはいけない。仕事によるストレスであっても、「銃後の守り」による心身の疲労であっても。家族というチーム内で応分の負担をしながら、協力しあっているということは大事だけれど。
なんか、久しぶりに、意を決して会って話したのだけれど、「時間がたてば、また元通りに働けるよ。そのうえでやりたいことをやればいいじゃない」「いまは心身ともに弱っているから、ちょっと荒唐無稽なことを考えてしまうのよ」といった説得のされ方に、正直疲れた。
相手にとっては「たった1か月の間に大変な変化があったことはわかるけれど、ひと山超えれば冷静に戻るでしょう」という程度のブランクであり、その程度の転機に見えるのかもしれないが、私にとって(家族にとっても)は、そんなものではない。もちろん、冷静さを確かめるための冷却期間・検証期間はおくべきだと思うから、院試までには少し間を置こうと思っているけれど。
とにかく。オットに倒れられてあらためて思う。この家族には、どんなことがあっても責任を持たなければ、と。オットにはずっと心身ともに呑気かつ元気でいてもらいたいし、こどもたちには、たとえ経済的には不満がなかったとしても、殺気立って安らぎのない家庭で育ってもらいたくはない。私が人生のテーマとして取り組んでいくこととは別に、この家族は守らなきゃ、オットと一緒に。
社会的地位や評価、経済面での才覚には恵まれていないと本人は思っているかもしれないが、一人の人間としては、これほど男として侠気があって、家族を本質的に「守る」ことに誠実な人はいない。
たとえ「実績」「成功」というかたちで、人生の成果(?)が世間的に日の目をみなかったとしても、余計な言い訳をせずに、他人の好奇の目に耐え、我が道を行こうと一生懸命戦っている姿は、チビたちにもいつか伝わるものと私は信じる。私がこれと見込んだ男だし。
ということで、ゆっくり体を休めて、早くよくなってくださいまし。
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