« 「満月の夜、母を施設において」 | トップページ | こどもの糖尿… »

2009年1月14日 (水)

「肉のシミ」

明日は、女正月。年が明けてから、1年も日が経った気がするな。

今日、母の入居以来、虚脱で腑抜け状態になってしまった父が、ひさしぶりに母に会った。病院への付き添い。25年かかってきた病院から、ホームの提携医と、近所の総合病院への転院依頼を兼ねた定期健診。

「どんな顔をして会ったらいいのかわからない」という父をたしなめつつ、「感情失禁があるけれど、だまって、体をさすりながら話を聞いてやり、涙を受け入れてあげて」とだけ伝えて一任する。

正直。ここだけの話。私はひそかに、父に失望し、怒りさえ感じることがある。「よく頑張ってきた」とねぎらう気持ちに嘘はないけれど。これまで労うよりも責めてきたことへの後悔と自責の念はあるけれど。

それでも。やっぱり。封印したはずの思いが胸のなかにせりあがってくるのを無視できない自分がいる。「お父さん、お母さんのために生きてあげられないの?」と。「お母さんは、お父さんのために生きてるよ」と。

私より厳しい目で父を見つめるオットは、「俺は同姓だからかもしれないけど、お義父さんには、最後までお義母さんに寄り添ってほしかった。あれだけ愛されて、あれだけ寄り添ってくれたのだから。お義父さんなりに精一杯頑張ったことは確かだけれど、最後になぜ一緒に入居してあげなかったのか。それだけが澱のように心に沈んでいる。俺なら、最後までそばにいてやる」と言う。

私は、自分の父をどこか理由をつけてかばいながらも、気を抜くと、自分でも「そうだよ、お父さん、どうしてお母さんを独りにした?」と責めてしまう。そして慌てて気を逸らすんだけど。

それでも、「お父さんに会いたい」と泣く母を前に、かすかな怒りというか、憎しみというか(そこまで強くはないんだけど…)を覚えてたじろぐ。

そんな話を、家でチビたちが聞いていないと思って、オットにこぼしてしまう。気を許すと、涙があふれてくることも。「涙って、どれだけこぼしても枯れないんだなー」と、オットにへんな感心をされたね。

私が「憎しみ?っていうの?感じるっていうか…」などと、ぼそぼそこぼしたら、ムスコが聞きかじって反問した。

「にくしみって、肉のシミ?」

一瞬絶句して、そして吹いちゃった。音感で言葉を捕らえるって、面白いなぁ。大人じゃなかなかできない芸当だ。それに、「肉のシミ」って、案外深いぞ。体の奥底に刻み込まれた根深い感情。そ-かー。肉のシミかぁ。

余談だが、ムスコは、認知症になった母を、不気味だといって恐れ、近づこうとしなくなった。「怖い。気持ち悪い」と言い、ほんとうにおびえている。父も、食事に不自由をきたすようになった母を「食べ方が汚いのが見ていて辛い」と言った。それも、理解はできる。

でも、私は自分を母に重ねてしまっているからかもしれないが、もし自分が母と同じような境遇に身をやつすことになったなら、「気持ち悪い」「怖い」「汚い」「みっともない」といった視線に耐えられないだろうと思う。幼いムスコの感受性は、罪じゃない。素直な、正直な感覚だ。父の葛藤も、偽りのないものだと知っている。

それでも。やっぱり、クチに出されるのは辛いものだ。母の耳に入ることは永遠になかったとしても、聞こえないからいい、というものではない。だからせめて、なるべく接触させないようにしようとしていた。貶めたり、蔑ませたくなくて。(本人たちには、そんな気持ちはないのですが)

夕方、父と電話で話したとき、父の話のトーンに少し変化を感じた。「御母さん、ホームで一生懸命毅然と生活しようとしていて、その姿を垣間見て、頭が下がった。自分との暮らしではなりを潜めていた、自分の知っているお母さんだった。できることはだいぶ少なくなっているけれど、あの尊厳は、お母さんらしいものだった」と。

そして夜。ムスコが寝かしつけの時に私に言った。「もうすぐババは、ぼくが誰かわからなくなっちゃうの?さっき、●●(姉)ちゃんが言ってたよ。挨拶しても、ぼくを忘れちゃうの?お母さんも忘れちゃうの?だったらこんどの日曜日は、おうちに連れてきていいよ。ぼくも握手して、あいさつちゃんとできるよ」と言った。

4歳のこどもの、精一杯の言葉。こんな小さな子に、妥協させて、配慮させて、こんな言葉を言わせて申し訳ない。でも、心底うれしかった。ありがとうね。

そして、ホームで一生懸命尊厳をもって生きようとする母の戦いっぷりをみて、父の心境にも変化があったことを感じて、私のなかの、父への肉のシミも、少しだけ和らぎそうな気配があった。

それでもまだ、私のなかにある肉のシミは、頑固なたんぱく質汚れっぽいけれど。できることならあと少し。心から先に自由になってしまう母が理解できるうちに、肉のシミが溶解してしまいますように。

穏やかな気持ちで、私たち家族のゴールを迎えられますように。

|

« 「満月の夜、母を施設において」 | トップページ | こどもの糖尿… »

コメント

「肉のシミ」
気持ちをピーンと張り詰めながら、読んでいたところに、息子さんのひと言。
私も、ふっと笑ってしまい、その後、妙に感心してしまいました。

私の父は、母も子供もほったらかしで、仕事一筋でした。母が、末期癌で余命数ヶ月という時も、病室に入るのも嫌だと言って入ろうとしなかった薄情な父でした。
でもね、母が亡くなった後、「かわいそうだった。」と涙を流しながら、仏壇に手をあわせる父を見て、父の不器用さと、夫婦というものの不可思議さを思い知りました。

人間の業の深さ、不器用をこの時は、愛おしく思ったものです。

フェリーの道じゃないですが、、、。

投稿: M | 2009年1月23日 (金) 15時41分

Mさん、ありがとうございます。
うまく言えないのですが、とても心に沁みました。
父にもきっと、私たちには知りえない葛藤があるのでしょう。
気持ちの濁りが、わずかでも澄んだ気がします。
ありがとうございます。

投稿: むこうだ | 2009年1月23日 (金) 16時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/101394/27139208

この記事へのトラックバック一覧です: 「肉のシミ」:

« 「満月の夜、母を施設において」 | トップページ | こどもの糖尿… »