なぜ日常のディテイルにこだわるか。
よしもとばななさんの日記が好きで、時間が許せば読んでいる。
大人になって、それも30代後半になってはじめてきちんと読んだ作家が2人。それが、村上春樹とよしもとばなな。前はどちらかというと、苦手だったかな。
相当にメジャーで今日的な作家なのに。特に心が向かなかった、というのが最大にして唯一の理由なのだけど、もしかしたら「ミーハーっぽい」というイキがった、へそ曲がり根性が、手に取るのを遠ざけさせていたのかも、と思う。
こどもを授かって、親が老いて、自分が「あたりまえ」だと思って生きて見てきた世界が一転して、というか反転したように感じることが多くなったからかなぁ。なんていったらいいんでしょうか。
生身の私も、身の回りの世界も、なにひとつ事実として変わったわけではないだろうに、私の認識というか、感覚はちがうものになった感じ。
別に、何の宗教体験も精神世界も経ていないけれど、「いままでの私の人生」が、遠いところにあるような、彼岸にあるような感じといったらいいのか…。
こうやって文字にすると、かなり神秘とかオカルト趣味っぽくなってしまうのは、文章力とか表現力の問題だな。うう、痛い。
で、そういういまの私にとっては、村上春樹やよしもとばななは、なぜかするりと飲み込めるようになった、というか、求めるようになった2大作家なのであります。
なんつうか、味覚が変わったというのか。別においしいと思わなかった「水」を、飲み物として旨いと感じるようになって、もう味つきの飲料は買わなくなった、みたいな感じだ。体感として抵抗がなくなった感じ。
それで、本題。
よしもとばななの日記をひさしぶりに読んだら、11月3日付の記事に、パトリス・ジュリアンに関する記述があって、とても面白かった。無断転載・リンク不可なので、要約のみ。詳細はご本人のサイトを見てください。
「あそこまで徹底して楽しもうとする彼の姿勢についていけなくなった人もたくさんいる。でもそのくらい根性入れて臨まないと人生は美しくない」「美しく楽しく生ことはレジスタンス」みたいな内容です。
私も彼の本を2冊だけ持っている。今でも開くのはそのうち1冊のみ。ル・クルーゼを使ったさまざまなフランス料理のレシピ本(ムック)。
「オリーブ」創刊と同時代に10代をすごした身としては、フランス人の暮らしに対する誇りと情熱(「art de vivre」 っていうんですか?)には多大な影響を受けた世代だと思う。「輸入生活雑貨ブランド」というカテゴリが勃興する時期ともリンクしていると思うし。
親も、食器や衣類、日用雑貨を「使えればなんでもいい」というタイプではなかったので(唯一例外は住居。最期まで「資産価値」という言葉を無視しつづけた)、「生活・人生における美しさの追求」という考え方そのものは肌なじみがいい。
PJ的な「素敵生活」は、若いときにはちょっとはまったこともあったのだけれど、30すぎたくらいから「私には無理」というか、「何もそこまで」というか、「まんまやったら恥ずかしいでしょ」的な感情がもたげてきて、自然と興味が薄れた。こどもができたことで、生活における「機能性」「合理性」の価値が急上昇したことなども関係しているかもしれない。
でも。
激しくお金や時間がなかったとしても、暮らしのディテイルに凝る(エネルギーを割く)ことを捨てることはないだろうと思う。
センスがいいとか、おしゃれとか、そういうことではなく。他人の眼にどう映るか、生活水準をどう高く見せるか、とかいうこととは別に、自分の暮らしに、自分の感性と技量によってどう責任をとるか、ということが重要なのだと思う。
「美しさ」や「楽しさ」という要素を、贅沢な、余剰のたまものと思うか。それとも、そういう日々の感動を、大小にかかわらず、生きていくうえで欠かすことのできないエネルギーとして考えるか。
日々をよく生きることは、人生を良く生きる情熱につながると思うから、細部をないがしろにしない(ないがしろにしたくない細部は何かについて自覚的でいる)ということは、とても重要だと思う。
って、たいそうなことを書いたのは、「こんなもの買っちゃいました
」を正当化するためでス。すいません、オット。それもこれも、佳く生きるためっすよ。命の源泉。(そろそろ源泉徴収の時期だ)。人生に仕事にとがんばりますので、ひとつよろしく。
いびつで味があるのに洗練されている。羊羹をサイコロ形に切って少し盛ったり、イチゴを盛ったり、香の物も合う。お抹茶にも。
大中小の入れ子になっていて、写真で見るよりずっと繊細な質感。予算の都合で大・中セットで2客求めました。もうひとつは柄違いで刷毛目。こちらは飛カンナみたいな柄。刷毛目のは品切れで後送してもらいます。でも、ほんとはこっそり小もほしい。蕎麦猪口みたいでいいんだ。
この2つは、新国立美術館のミュージアムショップ併設のギャラリーで催されていた作家展にて即買いしてしまったもの。ピカソ展を見に行った帰りでした。何しにいったんだか。
なべのシーズン、取り皿にもなって、盛り鉢にもできて、ついでに茶器にもなるような(そんなもんあるかね)をずっと探していて出会った。とっても気に入っています。
自分で買ったものではないけど、すごく気に入っています。知人からのプレゼント。なんと「ヨーガン・レール」のもので、釉薬に銀が入っているので、この独特のやわらかい輝きになるそうです。陶器なのに薄手で、アイスの飲み物や先付のようなものにも合います。
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