年下男は「死に至る病」
私の弱点、短所はたくさんありすぎてひとことでまとめられないけれど、少なくとも仕事をしていくうえでの最大の弱みは、「とにかく年下が苦手」ということ。
もっというと、「年下の男のひと」が苦手。
大学の部活だとかでも、下級生の、一本気で、正直で、一生懸命で、ロマンを大切にするような男の子は苦手だった。嫌いなんじゃなくて、苦手。
だいたい、一本気で、正直で、一生懸命で、ロマンを大切にするような男の子というのを端的に言おうとうすると、男気があるタイプが相当苦手。
私は、年下で、男気のある男の人が苦手なのである。
自分が女きょうだいのなかで育ったからなのか。父親、母親から「女の子だから、は考えなくていい」と野放図に育てられたからなのか。男心がわからない。ほとほとわからないので、過去何度男の人を怒らせたか、沽券を傷つけたかも不明。
「あ、たぶんいま怒らせたな」ということはわかるけれど、それは相手の反応あっての話で、「男の人は、こういうことが嫌なんだよね」という感覚が皆目わからない。
「あ、この人みたいな人は、私のことは嫌いだね」ということは直感的にわかるから、敢えて近づかない。極力避けて通るか、接触や衝突を避けることでやり過ごしてきた。(だから、私が年下男が苦手なことを知っている友人はすごく少ない)
それで、会社勤めをしてからも、後輩や部下となった若い男の人とは、ことごとく「あたりさわりのない関係、距離」を保つように神経を割いてきた。疲れるくらい。
結局でも、そういう人間関係は長続きしないもので、そこそこ親しいと思ってきた相手から、あるとき突然「●●さん(私)の給料だけはなぜ高いのか」と、本人である私を飛ばして上司に直談判されたり
、やたら頼ってくるので仕事に対する姿勢を注意すると逆切れされたり
。そういうのに疲れて独立したあとも、フリーランスの男性スタッフにはことのほか気を使う日々。
こうなるともう、ある種のパターンが出来上がっている感じだ。同年代や年長者だと、そういうことがないから、男の人全般というよりは、私の何かが欠落しているのかもしれない。
でも、人を雇っているわけでもないし、教育や組織に対する責任があるわけでもないから、この弱点はなかったことにしてやり過ごしてきた。
ところが最近は、環境系の仕事が多くなってきたこともあり、NGOやボランティアなどに興味のある若い人をスタッフとして協働することが多くなってきた。これが難儀。
40歳近くになっても、やっぱり苦手なものは変わっていなかった。
なんか、環境とか、社会の枠組みを変えるとか、そういう大上段に構えた論を臆面もなくぶたれると、私のテンションは一気に下がり、100mくらい引く思いがする。オルタナティブな志向が嫌なのではないけれど、まだ20代あたりの若者が、経験も見識もないのに、したり顔で批評家のような顔をしてあれこれ言うのを聞くと、ほんとに引く。
自分も若い頃は生意気で、鼻持ちならない女子だったのだろうし、若い人というのはみんなそうだと思うのだけど、同じ生意気でも、女の人にはあまり感じない種類の違和感ではある。なんだろう。女の子だと、あまりロマンに走りすぎると「不思議ちゃん」とかのような、異質な世界の話になってしまうからか。
あくまで自分の体験の範囲において、だが女の子の方が現実的というか、合理的というか、相手に自分の正義を求めないというか、暑苦しくない気がするのです。
しかし、自分の年齢が上がれば、仕事相手は否応なく「年下」の比率が増える。そうなると、ただ仕事を一緒にやって、請け負った事業領域において成果を上げるだけではなくて、一緒に組んだ「若手」にも経験を積ませ、相手の業務的未熟さを補い、しかもその認識を持ってもらうために進言する、というところまで期待されて仕事が来ることが多くなっている。
これは、ある意味私にとっては最大の難関。
向田邦子さんの言葉を借りれば、それこそ「死に至る病」であると思うのです。どうあがいても治らない本性なんでしょう、「年下苦手意識」というのは。でも、仕事の上でも、ひとりの大人としても、私がいつかは克服(が無理でも挑戦)しなければいけない断崖の前に立っているのだと思う。
下の息子を授かって、妊娠中にすでに「男の子」であることがわかったとき、私はちょっぴり焦った。男の子のマインドがわからず、男の子カルチャーにも接したことがない、もっとも苦手な「若い男の子」予備軍が、私の人生のある時期に深く関与するということへの、戸惑いと懼れ。
さいわい、今のところはとても可愛く(憎たらしさも含めて)、彼との関係を楽しませてもらっているが、十代の難しい年頃にさしかかったとき、私の「死に至る病」が首をもたげないか。嫌われるだけならまだいいのだけれど、彼のなかの、大事な何かを摘み取るような事態にならないか、ちょっと気にはなる。
まあ、オットがいるわけですから、独りで背負い込む荷物でもないけれど、オットもある種世間相場の規格外なひとなので…。
なぜ私が「男気年下男」が苦手なのか、もうちょっと分析してみたいと思うけど。それが何らかの行動変容に結びつくのか。「死に至る病」を御すことができるのか、限りなく不安。
今日はちょっと弱気日記。(だってほんとうに苦手なんだもの)
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